虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

トリハロメタン生成状況:「住民からの頼まれ仕事が卒論に」

トリハロメタン生成状況:「住民からの頼まれ仕事が卒論に」

                  


(これは、私の卒業論文の概要を、某雑誌に寄稿した文章です。トリハロメタンというのは、原水を塩素処理することによって生成されて、発ガン性などを持つといわれる毒物で、卒論当時の水道水中に含まれる有機塩素化合物、より広くは有機ハロゲン化合物です。PCBとかダイオキシンの仲間です。私が卒論を書いたころには、世間の関心を大いに引いていました。そして今でも水道水中に含まれています。水をダムから都会へ引いてくる距離が長いほど、水を汚せば汚すほど、トリハロメタンは多く生成されます。正式名称:トリハロメタン生成状況 東京・千葉’83-’84)




(1) 発端

トリハロメタンの分析をやってもらえないだろうか」と、筑波学園都市のS氏に依頼されたのは、昨‘83年5月でした。「やりましょう」――と引き受けたのが運のつき、今この原稿を書いています。


 私は、東京大学都市工学科・衛生コース4年生です。上水道、下水道、環境問題がテーマのここは、“物をつくる”工学部の中で、唯一“つくる”ことにこだわるという設立の趣旨を持ったところです。そして、私の指導教官である中西準子助手のテーマ、下水道問題の一つとしてのトリハロメタンが、私自身のテーマでした。その意味では今回の研究の素地はあったのです。が・・・


S氏とは、‘82年夏に、「霞ヶ浦流域市民の手による水質調査団」で協力して以来のつきあいでした。まず、その話をしましょう。「霞ヶ浦調査」の特徴は、“市民の手で”自前の水質調査をしたことです。その際、研究室でやる複雑な分析は極力避け、まず自分の目で見て、それを記録することを基本とし、化学分析機器も、マニュアルさえ読めば素人でも組み立てられるものを用いました。――なぜ、その点を強調するのか、と言われる方に。現在の分析技術は、ますます専門化、複雑化、機械化しています。環境の問題も、ますます専門家の独占物になっていくでしょう。その意味では、今回のトリハロメタン問題にも同様な危険性があります。――話を元に戻して――聞けば、当初、S氏がトリハロメタンを分析していたのですが、彼の研究機関が、分析機担当者の海外出張を理由に、分析機を封印してしまったとのこと。しかし、トリハロメタン分析機器は、そうどこにでもある代物ではないのです。そこで私に、お鉢がまわってきたというわけです。


 それにもう一つ、サンプルは学園都市のある茨城県桜村のものと、千葉県のもの。千葉県と言えば、‘81~’82年に、水質汚濁度日本一という手賀沼の調査をしたことがあります。そのとき、今回の依頼団体「合成洗剤をやめて石けんをひろめる千葉県連絡会」の構成団体である「柏市民生協」にいたく御世話になったことも思いだされたのです。――結局は「浪花節」的な経緯で、分析を引き受けたということになります。さらにその後東京の「生活クラブ生協」にも依頼を受け、それも含めて月一回分析をしていくことになりました。


(2) 経過:しぶしぶが・・・

 実を言うと、私は自分で仲間を募り、トリハロメタン測定網を作ろう、と考えていたのです。しかし、それは掛け声ばかりで、空転していたのです。そこに、例の依頼ですから、引き受けざるを得なくなったというのも事実です。その後ろめたさを引きずっていたため、当初は採水ポイントは依頼者任せ、トリハロメタンを分析するのみ、という仕事になってしまいました。千葉、東京、茨城あわせて22地点程度だから、一晩徹夜すれば終わる分量でした。そして、自分の仕事は別のものだと。そうして月が経つにつれ、外のことはできなくなり、これまでやってきたことを、卒論にするほかなくなったのが、‘83年10月ころでした。さすがに、これまでのやりかたではいかん、と青くなり、自分でもサンプルを採り、依頼者の採水ポイントについても注文をつけ、分析する項目もトリハロメタンだけではなく、もっと一般的なものも実施するようにしました。


 次に、採水してから分析するまでに起きた問題点について少々触れておきます。まず、トリハロメタン用の採水法です。細かいことは厚生省の指針などを参照していただくとしまして、その方法で採った水は、トリハロメタンの分析にしか使えないのです。つまり、他の項目も分析したければ、もう一本、別に用意しなければなりません。でも、それを全地点でやれば、輸送するときの重さは倍になるわけですから、たとえば千葉から東京まで遠路持ってくる場合は大変なことになります。(分析には、一定量以上の水量が絶対必要です。)

 また、採水に必要な器具、薬品をどうするかという問題があります。少ない器具をやり繰りする大変さは、炊事に忙しい方なら解って頂けると思います。私としては、それらは可能なかぎり提供するようにしました。それでも不足ぎみで、窮余の一策として、「生活クラブ生協」のジャムやマヨネーズの空き瓶を、よく洗浄して使ってもらうこともありました。(ただし、それらを用いるときは、よくよく気をつけなければ正しいデータは出ません。ジャムやマヨネーズの濃さは、水とはケタが違うのですから。)


 最後に、分析する時。分析の専門化という流れに疑問をもってはじめた割には、専門家を地で行ってしまった気がします。2、3回くらいは、比較的簡単に分析できるものについては実演し、やってもらったくらいでしょうか。この点については、また後で触れたいと思います。

(3) 分析結果について

 対象とした地点を挙げると、千葉県については、関宿町野田市我孫子市、沼南町、柏市松戸市市川市千葉市成田市小見川町茂原市木更津市、富津市、佐倉市。東京都については、江戸川区(西葛西)、葛飾区(亀有)、足立区(北千住)、江東区門前仲町)、田無市練馬区、狛江市、町田市、日野市、国分寺市、世田谷区、調布市、杉並区、大田区、および茨城県桜村。もちろん、変更や追加があったりで、毎回出来たわけではありません。


 結果を読む前に注意して欲しいことは、一つの市町村、例えば町田市について言えば、市がいくつかのブロックに分かれ(町田市は7ブロック)、それぞれ浄水場の系統が異なり、さらに、その1つのブロックについても、通常複数の浄水場が関与する。さらに厄介なことに、それらの混合の割合は、極端な話、毎日変るということです。だから、この原稿では便宜上市町村で区別していますが、その市町村、どこでも結果にあるトリハロメタン濃度になるわけではありません。もちろん、一応の目安にはなります。――このように、東京や千葉の上水は複雑で、解析はやっかいです。京都や大阪には見られない点です。


 それでは、まず図1をご覧下さい。この図では、各地のトリハロメタン濃度について、‘83年8月と’84年1月、それぞれを書き込んでみました。この図で言えることを少々。



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 @1:夏季にトリハロメタンは多い・・・トリハロメタン生成については、温度が大きく影響します。さらに、夏季には、原水自体が汚れる、という事実が重要でしょう。(例外:木更津市。ここは水温と水質が、年中ほぼ一定な地下水を使っているからだと思われます。)


 @2:夏冬通じて、多摩川水系の東京都西部のトリハロメタンは少なく、江戸川水系はやや多く、それ以外の、例えば利根川下流域より取水する小見川町茂原市印旛沼霞ヶ浦より取水する千葉市や桜村は、夏・冬とも相当に多いこと。


 @3:図を見て解るように、原水の輸送は極めて多く、利根川の水を荒川に引く武蔵水路を初めとして、相当遠距離まで水を持っていきます。茂原の場合、なんと62kmもあります。
 飽食した都市――そのわがままな生理を支えるためには必要不可欠な血管とでも言えるでしょうか。しかも、この上数多くのダム建設や導水路計画がひしめいているのですから、何をかいわんや、です。


 水源と浄水場の距離が長くなるように、浄水場から各家庭の蛇口への距離も長くなる――いわゆる広域送水体制とトリハロメタンの関係について少々書きます。トリハロメタンの生成には、いろいろな要因がありますが、そのうち、送水距離の増加、すなわち反応時間の増加があるため、距離が増せば、トリハロメタンも増加するということになります。この推論は、私の分析した江戸川水系についても多摩川水系についても、成り立っているようです。


 さらに、もう一つ、そのように増加するトリハロメタンの質の問題です。トリハロメタンは、塩素(Cl)と臭素(Br)の組み合わせにより、クロロホルム(CHCl3)、ジクロロブロモメタン(CHCl2Br)、クロロジブロモメタン(CHClBr2)、ブロモホルム(CHBr3)に分かれます。後のものほど、臭素の比率が大きいわけです。そして、臭素系のトリハロメタンのほうが、塩素だけのクロロホルムより、毒性が強いようです。ところが、私の分析結果では、送水距離が増せば、トリハロメタンの中で臭素の占める割合も増すようです。――とすれば、送水距離の増加に伴って、トリハロメタンは質・量ともに危険度を増す、ということになると考えます。


 分析結果報告の最後に、水道原水の汚染とトリハロメタンをどうつなぐか、について少々考えてみます。水の汚染の程度を示す指標には、様々なものがあります。そのうち、とくにトリハロメタンとの関係が深いといわれるのは、水中の有機物(特にフミン質)やアンモニアです。原水を見て、それが着色していたり、臭いが強いようなら、トリハロメタン濃度も高くなることは予想できるでしょう。ただ、ここで問題にしたいのは、それほど極端でない水、あるいは浄水済みの水道水について、
 1.できるかぎり簡単に、
 2.できれば自然の条件と、人間が作り出した条件を明確に――知ることはできないだろうか、という点です。

もちろん、そんなに巧く行くはずはないでしょうが、一つの試みとして、「電気伝導率(E
C)」を挙げてみます。一見難しそうですが、これは、「電気の通しやすさ」ということで
す。水が電気を通すのは、その中にいろいろな物質が溶けているからで、それらが多いほ
ど、「電気伝導率」は大きくなります。分析は、ただ、器具の先っちょを、水に突っ込むだけで済み、恐らく最も簡単な指標の一つでしょう。その特徴は、

 1.下水、海水、産業排水の混入で変化する。(通常増える)
 2.原水と水道水を比較して、他の指標はかなり変化するが、これは変りにくい。
 3.同一浄水場の配水ならば、ほぼ一定。逆に、いくつかの浄水場の水が混合した水に対して、その割合を推定できる

・・・などです。汚染物が多くなれば、ECは増しますし、海水の影響が大きくなっても増します。ところが、トリハロメタンの生成は、汚染物や、海水の影響を受けますから、ECとトリハロメタンとの間に、何かしらの関係が考えられます。それについては、図2をご覧下さい。もっとも簡単な物差しで、もっとも複雑な代物が測れるとするなら、これほど面白いこともないと、と思います。



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(4) 終わりに

トリハロメタンは、ある意味で、贅沢な問題だと思います。日本のように満ち足りた工業国だからこそ出てくるのだ、と。金の有り余った人が、より付加価値の高い“自然食”を求める――それに似た不健康さで問題の解決がないことを願いたいものです。


今回の研究について言えば、一応今年3月までと決めています。なにか、別の形で続けるとするなら、分析そのものをもっと開放したいです。そして、一つのデータをだすためには、それだけの苦労を払わなければならないのに、「水を持っていけば、当然、データが返ってくる」と考え勝ちな、言わば住民側のエゴにも注意しつつ、また研究者の側も、技術を独占することなく――より、意思の疎通を良くするよう、お互い考え、行動していくことだ、ということなのでしょう。   (了)


「月刊地域闘争」‘84年4月号連載(ロシナンテ社)



今日のひと言:この研究の概要は、師の中西準子さんのリークで、毎日新聞の全国版1面に掲載されました。やったね!!




水道とトリハロメタン

水道とトリハロメタン

  • メディア: 単行本





今日の一品


@ハンペン挟み焼き:国旗風


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ハンペンに青じそ、チェダーチーズ、塩を乗せ、コチュジャンを塗ってもう一枚のハンペンを乗せ、対角線で切って、レンジでチン。どこの国旗だかに似ていたので、国旗風としました。

 (2020.09.12)



@鮎の甘露煮


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栃木県、荒川養殖漁業生産組合の一品。前に白和えで食べましたが、手を加えるまでもなく美味しい。6匹680円。これは廉価だと思います。

 (2020.09.12)



@フランスパントースト:バター・ヒソップ風味


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以前取り上げたヒソップ(ハーブの一種)を加えて、トースト。野趣横溢。


iirei.hatenablog.com


 (2020.09.14)



@紐皮うどん・穂ジソ、ミニトマト入り


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昼食。入れたのは、卵、豚小間切れ、メンマ、ミニトマト、穂ジソ。仕上げに七味唐辛子。タレはヤマサの昆布つゆ。ミニトマトが不味いので、消費するため無理矢理投入しました。

 (2020.09.18)





今日の四句


金平糖
紫式部
甘さかな


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ムラサキシキブは、シソ科(旧来はクマツヅラ科)の潅木。秋に成る紫の実はほの甘く、食べられます。

 (2020.09.12)



巨木かな
何人殺せる
夾竹桃


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キョウチクトウは猛毒。

iirei.hatenablog.com

 (2020.09.12)



並び立つ
稲穂・ツユクサ
老農夫


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ツユクサ


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ヒエと


おじいちゃん、おばあちゃん、もう稲の世話も重労働でしょう。

 (2020.09.13)



Go To Travel (旅行に行こう)ではなく
Go To Trouble (厄介を起こしに行こう)だ。
なあ、二階俊博くん。

 (2020.09.17):自由律俳句





写真集

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コマツヨイグサ(小待宵草):可憐な野草:アカバナ科

 (2020.09.16)



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何ガ、オキタ?

 (2020.09.18)