虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

海っ子ねぎ:塩を侮るな(農業の原点とは・土シリーズ その4)

  *海っ子ねぎ:塩を侮るな(農業の原点とは・土シリーズ その4)
 (土シリーズ最終回。全4回。途中インターミッションが入りました。)
 2006年11月19日の読売新聞に、「海っ子ねぎ」の話題が取り上げられています。台風による「塩害」で、ブロッコリーなどの野菜が軒並み枯れる中、「ねぎ」だけは被害を免れていたのを見た農家が、意識的に少量の海水を掛けて栽培したねぎを出荷するまでにしたのだと言います。千葉県のJA山武郡市のお話ですが、このように栽培したねぎは、柔らかくもなるというおまけまでつくそうです。
 さて、以上のお話で、問題点が2つあります。1つは、昨今よく見られる「柔らかさ」嗜好についてです。食べ物が美味しいという趣旨のことを言う際、「柔らかくて美味しい」という決まり文句があります。では、硬いものは美味しくないのでしょうか。過去ログでもとり上げましたが→  http://d.hatena.ne.jp/iirei/20060619
(試してガッテン!の味噌観):硬い肉が好きなチベット人の例があります。彼らにとっては柔らかい肉はクズ肉なのだとか。
 「柔らかいこと」がイコール「美味しいこと」とならない民族も存在することを記銘すべきでしょう。「柔らかい」ものばかり小さいうちから食べていると、顎が発達せず、その分、脳の発達も阻害されうると思います。「柔らかいもの」を有難がるのは、むしろ現代の悪弊である、と思います。
 2つめは、「海水」を掛けて栽培することの是非です。植物は動物と基本的に生理が違い、動物に必須なナトリウムを必要としません。ナトリウムと拮抗するカリウムの方が必須です。なかにはナトリウムが必須な植物もありますが、少数派です。
 光合成の仕組みの違いによって、植物はC3植物、C4植物、CAM植物などに分類されます。C4植物は光合成の経路がC3植物より複雑で、ナトリウムを必須とするのは全てC4植物に含まれます。その例としてはヒユ科(双子葉類)の植物、トウモロコシなどのイネ科(単子葉類)の植物などが挙げられます。同じイネ科でも、イネとかコムギなどはC3植物です。(Cとは、光合成の反応経路を解明したCalvin(カルヴィン:アメリカ人科学者)の名から来ているらしい)問題の「ねぎ」はユリ科の植物ですが、私が調べた限りではユリ科植物にC4植物があるとの文献には出合いませんでした。C4植物でないと仮定すると、海水を撒くという行為をすれば、ねぎに吸収されることなく土壌に吸収されます。そして一般的な植物にとって必須ではなくむしろ有害なナトリウムがじょじょに蓄積され、「ねぎ」さえ含めてなんにも作物のとれない不毛の農地にいずれはなることが目に見えます。
 「海っ子ねぎ」を栽培するような農法は、長い目でみれば、決して賢明な農家が採らないものだと思います。無限に作物が取れる大地にわざわざナトリウムを投与するというのは、農業の自殺行為ではないでしょうか。海水を掛ければ「柔らかくなる」という特性だって、いつまでも消費者に好まれるものとも思えません。
 私の大学卒業研究の指導教官、中西準子女史は、「人類の歴史は、塩との戦いだった」と書いていました。利用上、塩の含有量の少ない水ほど価値が高く、なるべく水から塩分を排除しようとして水処理技術が進歩してきた側面もある、というわけです。この考え方は土にも適用できるでしょう。


今日のひと言:世にいろいろな農法あれど、手段と目的をとり違えた農法は結構あると思います。