虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

硫化アリルなどの化学物質とその効用

生活上、案外バカにできない民間薬があります。その一つの例としてとりあげられたブログの引用から始めます。

 この「うどん屋の風邪薬」はその名の通り、うどん屋で売られた風邪薬で関西地区でよく見られた。同じ発売元の会社は関東でもこの薬を売り出したが、関東では「そば屋の風邪薬」という名でこちらもその名の通りそば屋でこの薬を売り出したという。生薬を配合したこの風邪薬は、温かいうどんと一緒に食べてすぐ床に就く事で風邪を治すのだが、実はもう1つ「うどん屋の風邪薬」と呼ばれるものがある。


 これはうどんの薬味である刻みネギであるが、そもそも「薬味」という言葉自体が「薬」と「味」を合成した言葉であり、食べ物の中に薬としての成分が含まれる、いわゆる「医食同源」につながるものである。ネギは薬効成分を豊富に含み、ツンとする刺激臭は硫化アリルと呼ばれる揮発性の成分によるものであるが、この硫化アリルはビタミンB1の吸収を高めて新陳代謝を盛んにする事で発汗や保温、体力強化、さらに疲労回復などに役立つという。


 漢方ではネギの新鮮な白根を「葱白」と呼んで生薬として用いるが、ここをみじん切りにしてショウガおろしと合わせて熱い湯を注いで作るネギ湯や味噌と合わせて熱い湯を注ぐネギ味噌湯を飲んで風邪を退散させるやり方は民間療法ではよく知られている。食によって奪われた水分やミネラルを補給するにはネギやショウガ、味噌が1番良いという事を昔の人はよく知っていた。

当馬敏人・超論暴論+(プラス)  2011.02.08 より
http://ameblo.jp/toumatoshihito/entry-10794040810.html


 独特の匂いを持つ植物は、S(硫黄)分を持つものが多いです。ユリ科ニラネギニンニクアブラナ科辛味大根ワサビクレソン)、ノウゼンハレン科ナスタチウム)など。ナスタチウムは和名・金蓮花、ワサビに似た風味があります。これはパラグアイないしペルー原産だと言われています。また、通常ワサビとして出まわっているのは、ヨーロッパ原産の「ホースラディッシュレホール西洋ワサビ」です。ワサビと同じアブラナ科ですが、成長が早いので、ワサビの代用品にされます。


 これらの植物を利用してきた先人の知恵には敬服します。(↑これは、私が当馬さんの該当ブログに私が書いたコメントです。)
(硫化アリル)

ナスタチウムについては過去ログ :http://d.hatena.ne.jp/iirei/20051215
      (ナスタチウム  お奨めのハーブ1)を参照してください。


以前、優れた化学者がいました。元阪大教授の槌田龍太郎さん。彼はもうすでにこの世の人ではありませんが、生前の原稿を2人の息子・・・槌田敦さんと槌田劭(たかし)さんが一冊の本にまとめ上げ、「化学者槌田龍太郎の意見」(化学同人)として発行しました。示唆に満ちた本で、万人必読の書かと思いますが、現在は絶版状態ですけど。


 中でも「硫安亡国論」が印象的です。硫安=硫酸アンモニウムという肥料の場合、アンモニアは有効な肥料になるけれども、同時に施される硫酸が植物に毒なのですね。それを中和するために石灰をたくさん投入すると、硫酸カルシウムが出来てしまい、すなわち「石膏:せっこう」であり、固まって土を痛めつけるというのです。確かに、中・高生がやる美術の時間に、石膏いじりがありましたね。


このとき、ネギとかタマネギなど、硫化アリルを含み、生育の必須元素としてS(硫黄)を求める作物を植えれば、収穫とSの除去を同時にかなえられるという論を立て、各地の農家に説いてまわったところ、大変に効果があったそうです。


 また、同じくSを含むアブラナ科の植物にも同様な効果があるとしています。この場合、硫化アリルに当たるのは「イソチオシアン酸アリルアリルイソチオシアネート」というのだそうです。案外、素朴だけれども正確な分析を槌田さんはしていたな、と思います。


↑(アリルイソチオシアネート

なお、意外な農法についての記述もあります。

Mさんは、カラシナとエンドウとを一本ずつかわりがわりに作ると、どちらも収量が上がることを見付けた。私のこれに対する説明はこうである。カラシナが硫酸毒を除くから根粒菌が繁殖してエンドウは栄え、根粒菌の活動は土の中の酸素の分圧を高めるからカラシナの根の発育をうながす。この相互作用が双方の収穫を増すのである。この種の巧妙な混作は耕地面積の少ない日本の将来の農法を暗示しているのではなかろうか。

(前掲書 P111)   槌田龍太郎さんは農学者ではありませんでした。ただ化学を突き詰めた彼は、他分野でも立派で的確な発言と行動をしているのですね。この本は1975年に上梓されたものですが、今の日本の農業に対する強烈なカウンター・パンチとなっています。(なお、この本は、農業のみならず、教育問題そのほかにも言及される多面的な書籍です。)


今日のひと言:ユリ科アブラナ科については含S化合物がいろいろ役に立っていることは調べがつきましたが、ノウゼンハレン科ナスタチウムについてははっきりしたことは解りませんでした。どなたか、お解りになる人は教えてください。ブログによっては、「カラシ配糖体」を含み・・・という記述もありますが。以下のように。


http://www.jalan.net/yad302058/blog/entry0001268100.html

ハーブの家庭料理 ひるさいどはうす ブログ詳細(季節の庭から…ナスタチューム


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注:このブログを公開後、ナスタチウム(別名:インディアン・クレス)に関する知見を寄せてくれる人がいて、ナスタチウムの辛味成分は、分解されると生成する「ベンジルイソチオシアネート」であることが解りました。ベンゼン環をもつ含硫黄の化合物であり、強精作用で知られる「マカ」(アブラナ科)にも含まれています。


化学式については、以下のHPを参照してください。

http://www.toyobo.co.jp/seihin/fcd/products/list.htm

 (2012.02.06)