虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

「苦役列車」〜空しい自伝的私小説

 彼の名は「北町貫多」。今年19歳の港湾労働者。彼は中卒で、アルファベットさえ覚えていません。日当5500円を求めて日雇いになり、稼いだ金はすぐさま消費してしまうという生活を送っています。お金が入れば仕事を休み、ぐうたらしています。無計画な人生です。友人といえる人もなく・・・なお、彼の父は「性犯罪者」として裁かれています。このあたりも、彼の陰鬱さに拍車をかけるのです。


 ところが、そんな彼に転機が訪れます。日下部(くさかべ)という同い年の専門学校生で、たまたま労働現場に行くバスの中で知り合った男性と親しくなり、一緒に酒を飲んだりする仲になります。それなりに充実した日々を送りますが、日下部とその彼女に悪態をついて、縁遠くなってしまい、そのうち、日下部が港湾労働を辞めることになり、日下部が郵便局職員になったという話を聞き、あざ笑うのですが、貫多は依然「人足」のままであるという・・・


 「苦役列車」の粗筋は以上のようで、これより多くも少なくもありません。
中卒、アルファベットが解らない、家賃を踏倒して逃げる、母を半ば脅迫してお金を入手する、傷害事件を起す・・・などなど。彼の小説では繰り返し繰り返し取上げられるモチーフです。


著者は西村賢太。西村 賢太(にしむら けんた、1967年7月12日 - )は、日本の小説家。東京都江戸川区春江町出身。町田市内の市立中学校卒です。


16歳頃から神田神保町の古本屋に通い、戦後の探偵小説の初版本などを集めていたが、土屋隆夫の『泥の文学碑』を通じ田中英光の生涯を知ってから私小説に傾倒。1994年より1996年まで私家版『田中英光私研究』全8冊を刊行、この研究書の第7輯に私小説室戸岬へ」を発表。第8輯にも私小説「野狐忌」を発表している。この間、暴行傷害事件で二度逮捕され、東京地裁で罰金刑を受ける。田中英光研究から離れた理由については「田中英光は、結局、一種のエリートなんですよ。そこでもう、なんか、そこでこう、もの足りないものを感じた」と語っている。


23歳で初めて藤澤清造の作品と出会った時は「ピンと来なかった」というが、29歳の時、酒に酔って人を殴り、留置場に入った経験から清造に共鳴するようになり、以来、清造の没後弟子を自称し、自費で朝日書林より刊行予定の藤澤清造全集(全5巻、別巻2)の個人編集を手掛けている。朝日書林の主人からは相当額の金銭的援助を受け、神田神保町のビルの一室を契約したとき費用を借りた他、「これまでにトータルで5、600万は借りてる」という。

以上wikipediaより。


彼は2011年上半期第144回の芥川賞受賞者ですが、はっきり言って、西村賢太私小説は、出来そこないで詰まらない気がします。どうしても、私小説極北を行った梶井基次郎などと比べてしまう私です。なお、「苦役列車」という言葉は小説の本文には出てきません。「苦役の従事」とあります。


この作品と同時に一冊にまとめられた本(新潮社)の抱き合わせ小説「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は、単に川端文学賞を獲りたいという猟賞運動が記されているのみで、箸にも棒にもかかりません。


この酷さは、現象が異なるとは言え、4,5年まえの「川上未映子」の「乳と卵」に比すべき出来の悪さです。どちらも「ドラマツルギー:ドラマ性」が希薄か皆無で、「苦役列車」にに至っては梶井基次郎のもつ省察もありません。


関連過去ログ:「現代の樋口一葉」(川上未映子)は4コママンガと同等。
     http://d.hatena.ne.jp/iirei/20080602



ある人のブログに以下のようにあります。

ご覧になってお分かりになるように、
決して高い評価ではありませんでしたが、
それでも読み続けてきたのは、
21世紀の私小説作家たらんとする
西村賢太くんの姿勢に
感ずるものがあったからです。
 
 
中学を卒業して日雇い労働に身をやつし、
女に暴力を振るい、買淫し、
借金(家賃等)を踏み倒すなどろくでもない人生を送り、
いつしか藤澤清造なる昭和初期に野垂れ死にした
作家の歿後弟子を自認するようになり、
藤澤清造全集の編集に身を捧げる日々。
 
 
言ってしまえば、西村賢太くんの書くものはどれも
これだけの言葉で説明できてしまうものばかりです。
 
 
受賞作となった「苦役列車」も、
 
中学を卒業した作者本人とおぼしき主人公北町貫多が、
家賃を踏み倒して転居し
港湾労働で日銭を稼ぐなかで知り合った
専門学校に通う日下部なる同い年の青年との
交流とその挫折を描いた作品
 
となっています。
 
 
これまでの作品と代わり映えしないと言えば
そのとおりですが、
芥川賞に十分値する作品であると思います。

http://ameblo.jp/akitabaku/entry-10771476463.html より。



今日のひと言:私にはそれほどの作家とも思えませんが。ただ、ワンパターンの作品でも、それを研ぎ澄ませば、それなりに評価されるという意味では良い教訓になるかもしれないですね。私にも「山と海」ないし「山と谷」というテーマがあり、3,4年前このブログ上で発表しましたが、読んでもらった人からの評価は散々でした。それでもあきらめずにいればよいのか知らん。そういう意味で座右の銘滄海変じて桑田となる(そうかいへんじてそうでんとなる):海が桑畑になること。転じて世の移り変わりがはやいこと。ヒマラヤ山脈も昔は海の底だったのですね。山と海の交流と相克。十分なテーマだと思います。


http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070317   :恋愛アラカルト〜中島らも風味(小説)




今日の一首

幾年か
前にものせし
わが著作


印刷すれば
また新たなり




ハンドメイドの本です。

         (2012.02.24)


藤澤清造短篇集 (新潮文庫)

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随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)

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梶井基次郎 (ちくま日本文学 28)

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