虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「幸福」(中島敦)〜〜夢と現実の逆転:どっちが幸せ?

中島敦(なかじま・あつし)は、私が評価するに、近代日本の小説界において、梶井基次郎と並び、2大巨峰と言えます。過去ログで、二人について取り上げています:

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130718#1374109354

  :中島敦・メガネの奥には

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130713#1373684160

  :梶井基次郎の妄想〜「愛撫」


今回は中島敦について。


かれは、「なかなか成熟しない弟子の子路(しろ)が某国の政変で殺され、遺体が塩漬けにされたと聞くと、しばし瞑目、潸然(さんぜん)と涙が頬を伝って流れ、家中の塩漬けを全て捨てさせ、以後食卓には塩漬けを上げなかった老聖人・孔子のお話」(「弟子」)と、「匈奴に囚われの身になった将軍・李陵を、他の大臣たちが、漢の武帝の機嫌取りに、口をそろえて悪く言うのに、正しいことを述べた所、怒った武帝により宮刑を受けて、死ぬよりつらい恥辱を味わいながらも、父の代からの大事業・歴史書の完成を期して長らえた・歴史家、司馬遷のお話」(「李陵」)の2大歴史小説を書き切っています。


さて、中島敦の文学の対象たりうるのは、古代中国だけかと言えばそうではなく、メソポタミアが舞台の「文字禍」などもあり、さらには今回取り上げる、戦前・戦中は日本の委任統治領だったパラオ群島に軍属として出張し、そこでの民衆の生活・風俗を取り上げたなかなかの佳品群があるのです。このパラオについては、太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島があり、2015年4月8日に今上天皇・皇后両陛下が、戦没者の慰霊に行かれたことでも話題になりました。


今回は「幸福」という題名の小品を取り上げてみます。この小説では2人の登場人物が登場します。一人は、醜男(ぶおとこ)で貧しく、妻を娶る金もなく、結核らしき病を持つ下男。もう一人は、島髄一の金持ちで、いつでも美味しいものを食べ、金満で、女を何人も囲う第一長老。


この二人は第一長老が有無を言わさず下男を酷使し、下男はその厳しい仕事のノルマが終わるまで寝ることも出来ません。身分の高い人のカヌーとすれ違うときには、たとえサメのいる海の中へでも、飛び込まされるのです。そして下男は足の指を3本ほど無くすのですね。


ところが、あるとき、下男は夢を見ます。それは、自分と第一長老の立場が入れ替わり、使役・被使役の当事者が逆転するのです。過酷な労働を第一長老に強い、自分は安楽そのもので、現実の日常は過酷でも、夢の中では安楽な暮らしを享受できるのです。


一方第一長老も、両者が逆転した夢を見て、現実世界では、体力が衰え、結核の兆候を示すようにもなります。その一方、下男は、(現実世界では)身体も肥えてきて、過酷な現実生活についても自信をもって邁進できるようになるのです。もちろん、両者とも、自分がコマンダーのときは、相手にとって過酷な態度で臨むのです。でも、夢のなかで幸福なほうが、不幸なものより、より充足感を持てる・・・皮肉な現象です。


このブログの最初に、中島敦は、古代中国をネタにした話ばかり書くのではないと、私は言いましたが、この「幸福」というお話は、どうも荘子の言う「胡蝶の夢」が下敷きになっているように思います。


荘周(「そうし」の本名)は、あるとき自分が蝶々になり、花畑を快適に飛び回った、きわめて気持ちが良かったが、ふと目覚めると、それは蝶々ではなく、紛れもない自分だ。いったい、私は、蝶々の夢なのか、蝶々は私の夢なのか。さあ、どっちなのだろう・・・


・・・と、まあ、この「胡蝶の夢」が2重になっている(下男VS第一長老)お話がこの「幸福」という作品なのでしょうね。


以前もこの作品を取り上げています。

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130223#1361615962

 :上と中と下〜〜価値観の転換となる「驚き」


こちらは「老子的」、今回は「荘子的」な視点で書きました。


今日のひと言:梶井基次郎中島敦も、結核がもとで30代前半そこそこでこの世を去っています。「幸福」の中で結核のことに触れたのは、中島敦がその老い先短い生涯に思いを馳せていたからかな、と思います。




中島敦全集〈2〉 (ちくま文庫)

中島敦全集〈2〉 (ちくま文庫)

中島敦全集〈1〉 (ちくま文庫)

中島敦全集〈1〉 (ちくま文庫)





今日の料理


@蕗の葉入り料理2品


蕗の葉も料理にできるという情報を、id:miyotyaさんやid:whitewitchさんに教えてもらったので、さっそくやってみました。蕗の葉には、ほかのキク科の草のように独特の苦みがあります。



 @1:ラム肉の玉ねぎ炒め蕗の葉入り





  いつも作るラム肉料理に、仕上げに蕗の葉2枚くらいを混ぜる。味は塩味一本。



 @2:蕗の葉入り味噌汁






  蕗の葉、3分の1くらいを味噌に入れました。たしかに苦い。

 
 (2015.04.19)



@ナスのマリネ





以前作った「長ネギのピクルス」の残り汁(酢+塩+クローブ)に砂糖をいれてコリアンダーも加え、オリーブオイルで炒めた乱切りのナスを漬けました。ちょっと甘くなり過ぎたかも。

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20150319#1426732388  参照。

 (2015.04.20)




@チャーハン





わが家では、豚肉のソテー、牛肉のステーキ、ムニエルなどを作って、脂が出たとき、チャーハンを作ってその脂を消費します。具材は適当に選びますが、ピーマンは大体入れます。パックご飯を水でほぐしバラバラにして、卵を焼いた後、具材とともにご飯を入れ、市販のチャーハンの素で味付けします。(とくに変わった料理ではありませんね。)

 (2015.04.21)





今日の三句


春の道
草草の花
語り合い




 (2015.04.19)





仄くらい
悪所に生ゆる
百合の株





ちょうどわが家の北の門扉近くに生える百合の姿。時期になれば花も咲きます。「置かれた場所で咲きなさい」(渡辺和子)ですね。


 (2015.04.20)




秋(とき)は今
麦がこぞりて
穂を出せり


麦は、示し合わせたわけでなくても、時期になると横並びで穂を出します。

 (2015.04.22)