虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

パンドラの箱・・・ロシア・フォルマリズム

 人類を苦しめようと考えたゼウスは、各神々の美点を集めた女を創造しました。「パンドラ=全てのものを与えられた女」。彼女はエピメティウスに嫁ぎましたが、ある箱を持たされ、「全ての悪が入っているので・空けてはならない」と言い渡されます。でも、好奇心旺盛な彼女が「空けるな」との戒めを守れるわけがなく、空けてしまいます。すると、あまたの「悪」が人間界に飛散します。ここで残っていたのが「希望」です。


 さて、以上はよく知られたギリシャ神話のひとつですが、ここで「素直」に読んでみましょう。そもそもこのパンドラの箱とは「全ての悪が入っている」ものでした。そうなると、箱に入っていた「希望」も「悪」であることにならないでしょうか?!!!!!!!!!!!!!!


 我々は、往々にして、一つの言葉に一定の意味しか見出せないですが、「希望」という言葉には、ここで炙りだしたような、負の意味もあるということです。まあ、悪だけでなく、一つぐらいは善が入っていたんじゃなかろうか?という反論も聞こえてきそうですが、それは置いときます。希望的観測という言葉は、あまり良いほうの意味に聞こえませんし、
かの論理哲学者L.ヴィトゲンシュタイン(ウィトゲンシュタイン)は「希望はしない」と書いています。(「論理哲学論考」)より。


 以上のお話は過去ログのコメント欄にも書いていますが
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20080530
このお話は、友人に教えてもらったものです。彼は頭の切れる人でした。



 この種の文章理解法は、文芸理論では「ロシア・フォルマリズム」といいます。ここに、筒井康隆さんの「文学部唯野教授:同時代ライブラリー97/岩波書店」から、「ロシア・フォルマリズム」についての項目から引用します。

ただことばを変えるだけじゃなくって、そんなことばでもって今度は日常の、この見慣れた、われわれが住みなれた世界まで、突然見なれないものに変えてしまって、安心していられないようにしてしまう。これが要するに「異化効果を持っている」ということなんだね。(109P)



 つまりフォルマリズムというのはこのように、われわれが日常なんの気なしに経験していることを、言語の技法でもって、現実をびっくりするほど新鮮なものに変えてしまうのが文学だと主張したわけです。(112P)



文学部唯野教授」は、学内外でのてんやわんやの騒動と、唯野教授が行なう真っ当な文芸批評理論の講義が同時並行的に合わさった怪作です。そのうち3講目がこの「ロシア・フォルマリズム」です。


異化効果についてはこれまでも触れてきましたが、
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20061105   中川いさみ

この読解法には「予断のない素直な視点」が必要です。

例えば、「この味噌汁はお袋の味がする」という演歌があった場合、「お袋の味」、そうか、「お袋を殺して食った」のか・「さては人喰い」・・・ブレーブな奴といった具合に読取るのです。


なお、「ロシア・フォルマリズム」について書かれた本も何冊か読もうとしましたが、その難解さのため、図書館に返しました。文芸評論家というのは、ことさら難しい言い回しをするんだな、と納得すると同時に呆れました。「唯野教授」での理解で十分だと思います。


また、家人の評判のよかった読み取りとして、さだまさしの「もうひとつの雨宿り」という曲で、男に見向きもされないといった内気の女の子に、プロポーズした男の子、「あなたが選んだのはこんなに小さな私の傘だなんて」という彼女が独白するフレーズが出てきますが、「そうか、この男性は傘がよかったのね」、なんて読解が可能です。傘フェチだったのですね。



今日のひと言:この異化効果という奴、あまり多用すると、現実界で居場所がなくなりますので、ご用心。なお、2年ほど前、東大寺学園の生徒が父に「こんどテストの成績が悪いと殺すぞ」と脅されたのですが、彼は素直に受け取ってしまい、「殺される前に」と自宅に放火したのだと聞きます。彼は広汎性発達障害だったそうです。
 

文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸)

文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸)

[オーディオブックCD] 筒井康隆 著 「文学部唯野教授 」(CD10枚)

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