悪意(malice)に満ちた童話:グリム童話の削除された話たち
悪意(malice)に満ちた童話:グリム童話の削除された話たち
かれこれ40年ほど前、女性ライターが2人、共同名義(桐生操)で、『本当は恐ろしいグリム童話』というエッセイ(ないし童話の集成)を書いたことがあり、そこでは、『白雪姫』や『赤ずきん』などでよく知られたグリム童話にも、恐ろしい話があると言うことを究明していて、読書人の間で評判になっていました。ここで取り上げる本:『封印されたグリム童話:“削除”された最も残酷でグロテスクな33話』(桑名怜:訳/宝島社)の場合、もっと先鋭的で、グリム童話に掲載されていた「好ましくない」童話を原作者兄弟の弟(兄:ヤーコブ、弟:ヴィルヘルム)が版を重ねるたびに「削除」していったのですが、その削除された童話を取り上げたのが本書です。
ここに、maliceはラテン語のmalitia が語源で、”mal” が悪いという意味を内包しています。「悪い意図」であることですね。この言葉のフランス語訛りが maliceです。同じような用例として、マラリア(伝染病)は malaria で、「悪い空気」を意味します。ちなみに、フランスの詩人:ボードレールの詩集『悪の華』は、Le fleure de mal で、malという言葉がもちろん「悪」という意味です。
http://melma.com/backnumber_174396_4411241/ 参照。
最初の話からしてぶっ飛んでいます。『サヨナキドリとメクラトカゲ』。サヨナキドリ(ナイチンゲール)とメクラトカゲは両者とも片目。あるときパーティーに出席するので目を貸して欲しいとメクラトカゲに頼むサヨナキドリ。気前よく貸すメクラトカゲでしたが、サヨナキドリは返そうとしません。騙されたと知ったメクラトカゲは以後サヨナキドリの卵を食べようと狙いますし、サヨナキドリはメクラトカゲの手の届かぬ高い樹上に巣を作るようになります。これが結末。救いはなく、両者の間で交錯する「悪意」が鮮明に写しだされます。(なお、「メクラ」という表現は、多分、原作が古い時代の作品であり、当時の息吹を正しく伝えるために訳者が残したのでしょう。)
『子どもたちの屠殺ごっこ』。1、2話とありますが、同工異曲で、1話は「無邪気な」子どもたちが肉を得る過程として肉屋、血を集める係、豚などと役割を決めて遊び、肉屋役の子は終いには豚役の男の子の、のどぶえを掻き切り、本当に殺してしまいます。無邪気な遊びだったので(・・・!)、大人たちは始末に困り、審判役の大人が、片手に真っ赤なリンゴ、もう一方の手に銀貨を持ち、肉屋役の男の子に選ばせ、リンゴを取れば無罪、銀貨を取れば死刑」という「解決法」を用い、見事リンゴを選んだので無罪放免になりました。ただ、この男の子の尋常でなさは、特筆もので、現代だったら少年院行きということになるでしょう。その一部始終の冷酷さはサイコパスと言ってもよかったので、厳罰物であるように思います。いくら処置に困ったとは言え、無罪放免はないでしょう。
この残酷なお話はそれを読む子ども達にどんな影響を与えるでしょう?童話また絵本というメディアは子ども達の情操教育と言った観点から、「善意」を体験させるのが本義であり、「悪意」を固定させるというのは邪道だと思います。ヴィルヘルムはそういった観点から、童話集に掲載された悪意のある作品を削除していったのだと考えます。その対極にあるのが絵本『僕をさがしに』(シェル・シルヴァスタイン)とか『あおくんときいろちゃん』(レオ・レオーニ)などの素晴らしい絵本でしょうね。
『子どもたちの屠殺ごっこ』以外の話でも、殺人のシーンが当たり前のように登場し、枚挙に遑がありません。その一つとして『憂いの聖女』。決して結婚しないと神に誓った美しい王女、王があれこれ結婚させようと画策するのに対し、とうとう神にヒゲを伸ばさせてくださいと祈願し、その願いは聞き届けられ、ヒゲぼうぼうになります。それを見た王は怒り狂い、王女をあっさり殺してしまいます。彼女の死後も物語は続きますが、結末においても、王女はさほど幸せではありませんでした。このお話は寸劇としてはよく出来ていると思われました。もっとも、この削除童話集にも王女がよく登場しますが、「美しい」という記述はあっても、内面性とかにはまったく触れられません。大雑把な人物描写です。悪く言えば「紋切り型」ですね。近・現代的な小説や戯曲の立場から見ると、やはり見劣りします。
今日のひと言:男性は、王子とか庶民とか、だいたい3人セットで登場します。末の男の子は、バカとして描かれることが多いのは、これはドイツ民族にとって「3」という数字が特別だからでしょうか?そして、そのバカの子が、おおむね幸せを掴むのです。
最後に、この本のイラストは「タダジュン」さん、おどろおどろしくて、本文にベスト・マッチしています。
封印されたグリム童話 “削除"された最も残酷でグロテスクな33話
- 作者: 桑名怜
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2012/07/06
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- 作者: 桐生操
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- 作者: シェル・シルヴァスタイン,Shel Silverstein,倉橋由美子
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- 作者: レオ・レオーニ,藤田圭雄
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今日の一品
@ヨモギの素揚げ
ヨモギの穂先を摘んできて、素揚げ(衣をつけない天ぷら)にしました。ただし油は最小限に抑えて。旬の時期を過ぎていたのか苦味が強かったです。残念。来年は早春に摘もう。上手く揚げると、最高に美味しいのです。
(2019.06.19)
@豚バラ肉と豆苗の炒め物
弟作。豚肉は薄切り。この肉と豆苗(エンドウ豆のスプラウト)はとても良く合い、牛肉の薄切りより美味しいと思います。調味料はナンプラー、胡椒、ショウガ。
(2019.06.20)
@タラゴン鮭
なんのことはない、フランス料理に用いられるフレンチ・タラゴンを掛けて焼いた鮭です。タラゴンは、稀な風味を持ったハーブで、魚料理に特に合います。
関連記事
https://iirei.hatenablog.com/entry/20151010/1444432186
:タラゴン~~繊細にして豪放なハーブ
(2019.06.21)
@ケールの和え物
ケールは栄養豊富、強い作物ですが、やや葉は硬い。加えてやや苦い。茹でてごまわさびドレッシングで和えました。ちょっとそれらの欠点が解消できたか。
(2019.06.22)
今日の詩
梅雨の晴れ間
しとやかに咲く白百合。
日本では女性美のシンボルであり、
その名を冠した
白百合女子大学のOGと
知り合ったことがある。
それまで私は「お嬢さん大学」としての
この学校を知らなかった。
彼女はよく気の付く人で、
地面に無造作に置いたショルダーバッグを
無言で物の上に置いてくれた――
こんな気遣いをされたことのなかった私は
舞い上がった――
これが私を三角関係の地獄に
引きずり込む聖女かつ魔物との出会いだった。
(2019.06.17)
今日の四句
コスモスを
野草囲めど
元気なり
ふと道の脇を見たらコスモスの芽生え。
(2019.06.19)
保育園
土曜なれども
声高し
土曜日も仕事の親御さんが多いのでしょう。
(2019.06.22)
外道なり
なれどもスイカ
畑に伸び
外道(げどう):栽培予定以外の植物。
(2019,06.22)
大木なり
夾竹桃(きょうちくとう)は
死の匂い
この植物は猛毒です。
(2019.06.22)