虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「だから荒野」(桐野夏生)〜現代の「天の岩戸」

当ブログによくコメントを書いてくれるレモンバームさんが言及されていた一冊。初版は2013年10月の本で、毎日新聞に連載されていた作品を補筆して出版したもので、400ページあまりの大部な小説なのですが、すぐに読了してしまいました。小説には、こんな読みやすい作品もあるのか、という印象でした。


森村朋美は浩光(夫)と健太(長男)、優太(次男)との4人家族。朋美の誕生日パーティーを新宿でやったのですが、浩光のあまりの思いやりのなさ、デリカシーのなさに愛想が尽き、場を一人後にし、散々浩光の足をさせられた自動車に乗り、ふらっと「失踪」してしまいます。(朋美の誕生日なのに、浩光は自分が飲むことばかり考え、朋美の飲酒は止めさせ、ドライバーにする魂胆だったとか)


車の中を検めると、浩光のゴルフバッグのなかに、知らない女性の連絡先とコンドームが一杯詰まったポーチを発見し、嫌悪感を覚えます。そして朋美のことを気遣うというより、ゴルフバッグだけは返して欲しいという浩光のメールにむかっ腹がたった朋美はゴルフ用品を質屋に売ってしまい、初恋の相手だった酒井という男性の住む長崎を目指して車を走らせます。


浩光は浩光で、妻が失踪しても「もしや自分のせいか」と一瞬でも思うことなく、不倫の準備に余念がありませんが、そのお相手の女性のもとに、例の連絡先・コンドーム入りの郵便が届けられ、一遍に嫌われてしまいます。まあ、自業自得と言ったところでしょう。差出人は不明でした。ただ、失踪後、時間が経つにつれ、妻の失踪についてその隣近所への弁明が苦しくなっていきました。「ハワイに旅行中」だとはしておいたのですが。


朋美も苦労します。夫婦喧嘩のため、PAに裸足で置いて置かれてしまったという女性を車に同乗させ、その女性の故郷・下関に連れていってあげることにしたのですが、目を離した隙に、自動車を盗まれてしまいます。困っていたところ、老人と青年の2人連れの車に拾ってもらい、同じ目的地である長崎に連れて行ってもらいます。


とくに老人・・・山岡は御年93歳で、長崎に投下された原爆の語り部として活動するのを生きがいにしていたのです。朋美は彼のもとで、身の回りの世話をすることにしました。次男の優太はゲーム漬けの毎日を送っていたのですが、朋美に連絡を取ってきて、「修学旅行」と偽って浩光、浩光の母、兄などから旅行費を工面して、長崎にやってきます。当面ゲームから離れるという次男の気持ちに打たれ、東京ではどうして優太のゲーム漬けについて放置しておいたのか、という悔恨の情が朋美に浮かびます。


この「だから荒野」という小説は7章からなり、奇数章は朋美の側から、偶数章は浩光の側から書かれています。キビキビした朋美、未練がましい浩光・・・対比が鮮やかです。この「荒野」というのは、結婚以来朋美が抱いていた荒涼感、逃避行を続けて感じたこと、などを含めて称されているのだと思いますが、朋美が長崎を離れ自宅に帰ってきたとき「これが沃野?」と一人ごちしますが、実際にはどうなのでしょう?


私から見ると、「だから荒野」での朋美の失踪はアマテラスオオミカミが弟スサノオノミコト狼藉に怒って、洞穴のなかに隠れてしまったという説話を連想します。いわゆる「天の岩戸」事件ですね、家族、特に夫の行動に激怒して逃避行をする妻・・・その怒りを解きほぐしたのは山岡、および優太でした。アマテラスも好んで洞穴に篭ったのではなく、きっかけがあれば出てくる用意がありましたものね。


桐野 夏生(きりの なつお、1951年10月7日 - )は、石川県金沢市生まれの小説家。別のペンネーム野原野枝実(のばら のえみ)や桐野夏子の名でロマンス小説、ジュニア小説のほか、森園みるくのレディースコミック原作も手がけている。


妊娠中に友人に誘われ、ロマンス小説を書いて応募し佳作当選。以後、小説を書くのが面白くなって書き続けたという。ミステリー小説第一作として応募した『顔に降りかかる雨』で第39回江戸川乱歩賞を受賞。ハードボイルドを得意とし、新宿歌舞伎町を舞台にした女性探偵、村野ミロのシリーズで独自の境地を開く。また、『OUT』では平凡なパート主婦の仲間が犯罪にのめりこんでいくプロセスを克明に描いて評判を呼び、日本での出版7年後に米国エドガー賞にノミネートされ、国際的にも評価が高い。代表作に『顔に降りかかる雨』(1993年)、『OUT』(1997年)、『柔らかな頬』(1999年/直木賞受賞作)、『東京島』(2008年)など。

Wikipedia  より


今日のひと言:桐野夏生さんは1951年生まれ、すでに63歳くらいになってらっしゃると思いますが、スマホリア充ユニクロ東日本大震災とかいった「生きた言葉」をうまく小説に取り込んでいるのだな、と感嘆しました。ちなみにこの小説、図書館でも人気があり、私が予約をしたときには5人待ちで、私のあとには30人待っていました。



だから荒野

だから荒野

ナニカアル (新潮文庫)

ナニカアル (新潮文庫)





今日の料理


スベリヒユのヨーグルト・マヨネーズ和え






夏の畑の邪魔者とされる野草。スベリヒユ科。赤い茎と緑の葉、黄色の花、黒い種、白い根・・・と5色そろっているので「五行草」とも呼ばれます。その生命力は恐ろしいほどで、土の上に置いたままでは、発根してしまうので、コンクリートの上で乾燥させて、やっと殺せます。料理にするにはシュウ酸が多いため、茹でたあと何日も水を取り替えて晒すなどが必要になりますが、そうしなくても、カルシウムを含む食品と合わせると、マスクされるため、今回はヨーグルトを使いました。ヨーグルト、マヨネーズ、胡椒少々。

スベリヒユはシュウ酸を含むため、シュウ酸の体内への吸収を抑える調理法が必要です。茹でてよく晒した後、カツオ節、ゴマ、乳製品などと合わせて食べるといいです。

 (2014.07.18)




アオゲイトウのお浸し






夏生える野草の一種。食べられます。お浸しにする場合、茹でたあとシュウ酸を抜くために15−20分ほど水に浸し、カツオ節をふりかけ醤油で和えます。これはヒユ科の草で、同類の草にイヌビユというのがあります。イヌビユは葉の先がへこんでいることから区別できます。なお、栽培植物で野菜のバイアムひゆ菜)は、これらに近縁な作物で、より繊細な味をしています。また、穀物に準じて利用されるヒユ科植物に「アマランサス」というのもあります。

 (2014.07.20)




今日の一句


この際は
大人と名乗れ
ニシキソウ




毒草でトウダイグサ科の「コニシキソウ」は見慣れていましたが、今回見たのは、ジャンボ・サイズ。試しに「オオニシキソウ」で検索してみると、この植物に対応している名称でした。食用になるスベリヒユは「コニシキソウ」よりずっと大きいのですが、オオニシキソウからみるとまるで子供です。写真の左端に写っているのがスベリヒユです。オオニシキソウコニシキソウも、切ると白い乳液(ラテックス)を出します。葉に斑紋あり。

スベリヒユコニシキソウを混同しないことが大事です。コニシキソウは茎がスベリヒユより細目で、草自体も小さい。そして茎を切ると白い乳液が出ます。

 (2014.07.21)