恋する天才科学者/内田麻理香(書評)
著者は、東京大学工学部の化学系大学院博士課程を結婚・子育てのために中退したけど、その仕事(母親としての)のメドが立ったので、大学に復帰して現在東京大学工学部広報室特任教員をやっています。カソウケン(家庭科学総合研究所)という研究所(?)に所属して、身の廻りの「科学」をわかりやすく伝えるという活動もしているスーパーウーマンです。最近、あちこちのメディアに露出しておられます。
そもそも、私もそうですが、東京大学理科一類に入る学生は一学年約1000名、これを50人づつのクラスに分けるのですが、まあ、20クラス出来ます。そこにいる学生は私のように男性が主で、女性はいるかいないか、といったところでしょうか。男子学生からみれば、異性というよりライバル意識が強く、恋愛が生まれることは希なことと思われます。これを評して内田さんはフィルター効果と呼んでいますが。質の悪い男子学生を寄せ付けない効果だと言うのです。
そのような見方が出来るから、著者の内田さんは、自分の持つ女性性をポジティヴに認識して捉え、逆に男性の種種相、特に男性の天才科学者の有り様を俎上(そじょう:まな板のうえに素材を乗せること)に載せました。これは、これまでのエッセイストが考えても見なかった視点です。また、理科系の卒業生だから、ためらわずにこの著作をものにされたのでしょう。2つの幸運があったのですね。
この本で「恋する」というには3つの意味があり
1) 科学に恋する科学者自身
2) 実生活上で女性に恋する科学者自身
3) そんな科学者たちに恋する内田さん(たとえばカッコイイ!リチャード・ファインマンさん)
です。このように科学者たちを取り上げれば、科学アレルギーのひともそれを解消できるかも・・・といった執筆意図があります。
また、科学者たちの特質を数量化する試みがなされています。横軸に(坊ちゃん育ち⇔叩き上げ系)縦軸に(浮気症⇔家庭的)の2次元マトリックスを設定し、−4から4までの升目でその科学者の恋愛座標を描いています。その分析をしてみましょう。なお、座標のあとの数字は、原点からの距離を示します(これは私がくっつけたもの)。とり上げられた科学者全員を列挙しますが
アイザック・ニュートン (3,0) 3
ハンフリー・デーヴィ (4,−1) 4.1
マイケル・ファラデー (3,3) 4.2
ニールス・アーベル (3,3) 4.2
チャールズ・ダーウイン (−4,3) 5
エヴァリスト・ガロア (−2,1) 2.2
アンリ・ファーブル (4,3) 5
アルフレッド・ノーベル (4,1) 4.1
南方熊楠 (−2,2) 2.8
アルベルト・アインシュタイン (0,−4) 4
ニールス・ボーア (−4,4) 5.7
エルヴィン・シュレディンガー (−3,−4) 5
ヴォルフガング・パウリ (−3,−2) 3.6
ヴェルナー・ハイゼンベルク (−3,2) 3.6
ロバート・オッペンハイマー (−4,−2) 4.8
リチャード・ファインマン (1,4) 4.1
あくまで女性の視線で、横軸で社会適応能力、縦軸で家庭向きか否かを測っているような感じです。これらのバランスが取れていれば理想的なだんなさんになるとも思えます。これら16人の平均的な座標は(0.2,0.8)で、内田さんがやや叩きあげ、かなり家庭的な科学者を理想としているな、と思えます。ファラデーとかアーベルなんか良さそうですね。彼らを評価する行為によって、逆に内田さんの視点(まなざし)が際立つのです。「うーーん、内田さんって、こういう見方をするんだ」ってね。とても母性的でやさしい視点ですね。
なお、原点から最も離れているのがニールス・ボーアの5.7、最も原点に近いのがエヴァリスト・ガロアの2.2でした。ところで原点(0,0)を示す科学者は、この本には登場しませんでしたが、この原点にあたる科学者として私はC.F.Gauss(カール・フリードリッヒ・ガウス)を挙げたいと思います。それにしても、本文で触れられているアインシュタインの女癖の悪さは、同性である私から見てもイイカゲンですねえ。そんな彼にも暖かい視線を送る著者の懐の深いこと。そうです、完璧な人間はいないのです。一流科学者のダメンズな面を見せてくれる意味でも、この本は成功しているのではないでしょうか。
今日のひと言:内田さんの文献探査能力もすごいですね。こぼれ話というのは、実際調べにくいものなのです。ガウスも内田さんにかかったら、マイナスの座標になったりして。なお、内田麻理香さんはハテナブログでサイトを運営しています。私もたまに投稿します。
出版社:講談社 価格:1400円。
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