虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

フグの白子はタラの白子より美味いか?・・・「美味しんぼ」への挽歌

 *フグの白子はタラの白子より美味いか?・・・「美味しんぼ」への挽歌




 そうとう過去のお話で恐縮ですが、マンガ「美味しんぼ」の初期のころの話題をとり上げます。
(注:私は、話題の古い新しいにはあまりこだわらないのです。新しい・古いという区分は、あまり本質的でないと思うからです。)夫婦そろって中東に出張に行くカップルが、「一度でいいから、美味しいといわれるフグの白子を食べてみたい」と海原雄山のところを訪れます。でも、時節がらフグが取れない状況で、代替品でその味を知ってもらうことになるのですが、そこで雄山の宿命のライバルである息子の山岡士郎がしゃしゃり出て、後日「フグの白子」のかわりに「タラの白子」を出します。「美味しい、美味しいと食べていた夫婦でしたが、雄山は士郎をあざけります。ここで、白子(しらこ)とは、魚類の精巣のことです。
いわく、「最上の芸術を語るには、同じく最上の芸術をもってせねばならない。」「たとえばモーツアルトを語るにはルノアールをもってせねばならん」とのことで、今度は漁獲があり入手できたフグの白子を提供して、夫婦の目を丸くさせます。フグの白子はタラの白子とは比べものにならないくらい美味しい、と。では雄山が代替品をだそう、とした時、士郎はその代替品が何であるか気付き、また後日出すということにしてもらいます。(それにしても食マニアの雄山や士郎とよく付き合いますね、この夫婦。)

 そして、士郎が出したのは「子羊の脳みそ」、雄山が出したのが「仔牛の脳みそ」でした。ほとんど同じような品が出されたのですが、中東では羊のほうが手に入れやすいということで、士郎は面目を保ちます。
 さて、お話はここから。「フグの白子」と「タラの白子」には、そこまで味の差があるのでしょうか?私にはとてもそうは思えません。私が入手できるのは「タラの白子」「サケの白子」くらいで、でも、それらに満足しています。「フグの白子」は有毒かも知れないので、食べたいとも思いません。
 なんと言っても、同じ魚類の白子(精巣)です。そこまでの差はあるとは思えませんです、はい。例えば、肝臓(レバー)などは、ブタでもウシでも鶏でも、風味に大差がないではないですか。

 原作者の雁屋哲は、同時期にギャグマンガの原作もしていて、そのマンガ「風の戦士・ダン」のなかで「美味いものをけなして、もっと美味いものを食べる」マンガであると、「美味しんぼ」を自ら評していたことがありましたが、そのような謙遜を差し引いても、「素材」のよしあしに、世間の関心が集まるといった風潮の呼び水になったのだとすると、「美味しんぼ」は「壮大なる失敗作」と呼んで差し支えないと思われます。
 最近では、「美味しんぼ」に影響を受けて、食材の良し悪しをあげつらう児童もいるとのこと、大変な事態ですね。
 なお、BSE狂牛病)の関係で、家畜の脳みそを食べることは、オススメできないですね。
 



  過去ログで取り上げた「美味しんぼ」の話題:
不器量な魚:http://d.hatena.ne.jp/iirei/20060113

もてなしの心:http://d.hatena.ne.jp/iirei/20060114

潮風の贈り物:http://d.hatena.ne.jp/iirei/20060115


今日のひと言:最近の「美味しんぼ」の絵柄を見ると(今は読んでいないけど、100巻を超えた)、初期の、大熊(雄山)VS痩せオオカミ(士郎)のごとき野性味万点の風景は微塵もなくなり、両方ともでっぷり太ってしまい、「金持ち喧嘩せず」のような眺めです。読む気も失せるというものですね。