近代化学の父・ラボアジエの業績と最期
化学者特集 その2(全3話)
かつて、数学者のカール・グスタフ・ヤコービ(1804−1851)は、「科学の唯一の目的は人間精神の栄誉のためにある」という名言を吐きましたが、化学者・アントワーヌ・ローラン・ド・ラボアジエ(1743−1794)は、この言葉に相応しい業績を挙げました。
もともと法学の学位を持ち、精密にものを計数することが得意だったラボアジエは、当時燃焼理論の主流だった「フロギストン説」に疑問を持ち、ガラスで外界から遮断された実験装置を作り、検証しました。そのフロギストン説というのは、「燃素」という元素を仮定し、
金属=フロギストン(燃素)+金属灰 あるいは
金属−フロギストン=金属灰
と定式化されていました。ただ、金属より錆(さび)である金属灰のほうが重いので、フロギストンはマイナスの質量を持つとされていて、極めて歯切れが悪い理論だったのです。提唱したのは、ドイツの医師・シュタールという人でした。
ラボアジエは、精密な定量分析により、フロギストンというマイナスの重さの元素ではなく、プラスの重さの元素が燃焼の当事者であることを明らかにし、それを酸素と名づけました。さらに進んで、「質量保存の法則」、すなわち物質はどのようにその形、化学結合を変えても、質量は失われもしないし増えもしないという法則を、明らかにしたのです。
なにごとも、パイオニアの立場は微妙です。ラボアジエが以上の知見を世に知らしめたとき、どれほどの人が正当に評価したでしょう?数学や物理学の大家・アイザック・ニュートン(1643−1727)でさえ、化学の分野ではいわゆる「錬金術」まがいのことをやっていたというのですから、ラボアジエの凄さが解ろうものです。考えられる全ての化学上の可能性をさぐっていたのです。なお、生物の世界も化学を使って切り込めることを確かめてもいる、化学上の巨人です。
ラボアジエは、その精密な装置と頭脳で、近代化学のトップランナーとなりました。でも、彼には過酷な運命が待っていました。フランス革命前に徴税請負人をやっていたことが、狂気の革命家に見咎められたのです。
ラボアジエ:私は仕事で得た資金で科学の実験をしていただけだ。
革命家:共和国に科学者は必要ない。
このように断じられ、ラボアジエはたった数時間のみの裁判ののち、ギロチンに掛けられるのですが、彼は友人と賭けをします。頭が切り離されたのち、意識のある限りウィンクが何回出来るか・・・(この逸話は、実際にはつぎからつぎに「罪人」がギロチンに掛けられるので、そんな猶予はなくてありえないとのことですが、冷徹なラボアジエなら、ありそうな逸話でもあります。・・・こういった伝承を「都市伝説」と言うようですね。)
また、数学者で天文学者のラグランジュ(1736−1813)は、「惜しい、あの頭を胴体から切り落とすのは造作もないが、あれほどの頭脳を再び作るには100年以上必要だ」と言っています。
今日のひと言:今回ブログの初めに、ヤコービの発言を取り上げましたが、この発言の中には、現代科学技術へのアンチ・テーゼが含まれていると思います。現代は、理学より工学の時代のような気がするのです。「いい物質を発見したり、合成したりして、生活に取り入れる」・・・このようなある意味「さもしい」根性で現代社会は成り立っているのではないかと思います。
福島第一原発の問題・・・原発という技術は、主に化学者が担ってきたのです。「科学の唯一の目的は人間精神の栄誉のためにある」・・・この言葉の意味を現代人は噛みしめるときにきていると思います。ラボアジエの時代は、確かに工学という概念はまだなかったのかもしれませんから、彼が「発見した物質を変化させ、生活に役立つものにしよう」とは思わなかったとしても、それはそれで自然なことですね。
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今日の一句
河原にて
飛び交いけりし
イナゴかな
夏に入ったばかりなのに、イナゴ(蝗:バッタの一種)がもう飛び交っている・・・なんだか異常。
(2011.07.11)
今日の一首
我が犬の
かき分け入りし
河原草
番(つがい)の雉(きじ)の
フット飛び去る
犬は目ざとく、雉は機敏。
(2011.07.14)