虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

アブナイお・と・こ~近松門左衛門作品集:里中満智子(随想録―74)

アブナイお・と・こ~近松門左衛門作品集:里中満智子(随想録―74)




中央公論新社「マンガ日本の古典」の1冊「心中天綱島」を読んで。作画担当の里中は、後書きで「かなり脚色した旨」書いていたが、それはそれで良い。その上で浮かび上がってくることがある。この本の収録作品は4編、『心中天網島:しんじゅうてんのあみじま』、『女殺油地獄:おんなころしあぶらのじごく』、『鑓の権三重帷子:やりのごんざみかさねかたびら』、『曽根崎心中:そねざきしんじゅう』。最後の1編はダイジェストという感じなので、前3編について考える。



どの3編も、男と女の組み合わせが絶妙だ。「心中」における「治兵衛と小春」、「油」における「与兵衛とお吉」、「鑓」における「権三とおさい」。おおむね目に付くのは、男が刃物を好んで行使すること。治兵衛は、小春が自分と心中する(英語ではdouble suicide)覚悟が危ういことに腹を立て、遊郭の隙間から小春を刀で討とうとする。直情径行型の問題児だ。「いろいろ障害に遭った末、2人は心中を遂げるが」、治兵衛は小春をその刀で切り殺し、自分は首つりして果てる。治兵衛に比べると、小春のほうが現実をよく見ていたように思う。


「油」は、心中なんてカッコ良いものでもなく、借金の取り立てに苦慮した商家のドラ息子「与兵衛」が、なじみの油屋に押し込み、女主人「お吉」を短刀で切り殺し、金品を強奪するという荒みきった精神風景の物語である。お吉にはなんの落ち度もない。(この作品は、このようなお話しでもあり、近松作品にしては不評だったという。やはり心中物の近松か。)


「鑓」がもっとも面白かった。鑓(やり)の使い手で茶道の名手でもある権三には、彼を熱烈に慕う女子がおり、2人の家紋を手ずから刺繍した帯をプレゼントされる。これが仇となるのを権三は知らない。賓客をもてなすため、茶道の大礼を執り行うことにつき、権三は幼馴染の男と2人で競わされる。そして家元(の武家としても上司宅)に赴いた権三。権三をわが娘の婿にと考えていた上司の妻「おさい」は、帯を見咎め、解き、自分の女帯を権三に付けさせようとする。拒む権三、もつれた2つの帯を目敏く拾ったライバルの男は「不義密通」であると言い広めるために逃げる。ここで「おさい」は驚愕の提案をする・・・「ほんとに不義密通しちゃいましょう。」驚くべきことに権三は断れず、優柔不断にもおさいと逃避行の旅に出る。後は運命の坂を転げ落ちるばかりだというのに・・・(おさいは、たぶん、娘の婿にと言いながら、「獣欲」を以って権三を見ていたのであろう。業の深い女だ。)


おさいの冷静沈着振りばかり目に焼き付く、不条理劇と言えよう。男という生き物は、ペニス(刃物)を持つ。男は刃物である。これが当の男にとっても、ヴァギナ(鞘)を持つ女にとっても、迷いのアイテムなのだろう。男は、その威力を本当には知らない。そして、往々にして、女のほうが冷静なのだ。この種の力動、夫マクベスをそそのかし、主君殺しをさせた彼の妻と相通じるものがある。近松門左衛門が日本のシェークスピアとも呼ばれる所以であろう。

 (2023.01.02)






今日の7句


集まれば
幻想的なり
センダングサ



 (2022.12.20)



白化粧
ありふれた田も
魅惑的



霜の魔法。

 (2022.12.20)



工芸の
ように見えたる
アブラナ



霜は芸術家。

 (2022.12.20)



幸運が
待っていそうな
クローバー



 (2022.12.20)



枯れ至る
風合い見事
ねこじゃらし



死の美。

 (2022.12.20)



ああ痛し
木に張り付ける
絆創膏



 (2022.12.21)



丁寧に
蜜柑を囲う
ネットかな



 (2022.12.21)