北條民雄の「いのちの初夜」:ハンセン氏病患者の慟哭
癩病(らいびょう)という病気は、癩菌という病原菌が、皮膚をはじめ、体の各部に浸潤して、体を食い荒らすという病気で、昭和の中頃まで「不治」の病でした。そして、特効薬(プロミン)が発明されたにも関わらず、発病者を娑婆から完全に隔離して、「療養所」に強制的に集めるという策を国は取っていました。
このような偏見は、私が小学生だった1960年代から1970年代にもおおいにありました。担任の教諭が、「癌より怖い病気、それは癩病」「いつか療養所の患者が自由を欲しくて施設を逃げ出したことがある。この病気は皮膚から感染するから、この患者が触った電車のつり革からも感染するぞ」・・・と言った具合。「それは怖い」と心に刻みつけました。ずいぶん偏向した教育だと、よほどあとになって思いました。(この病気は、さほど感染力が強くないのです。)
最近では、癩病という病名自身が差別的だと「ハンセン氏病」という名称が一般的で、癩病だった人たちが、損害賠償とか名誉回復の訴えを国に対して起しているようです。
さて、小説「いのちの初夜」。尾田高雄もハンセン氏病の患者のひとり、“療養所”をひとり訪ねていきます。途中自殺することを何度も念じながら。広大な農地を抜け、建坪のおおきな療養所に行き着きます。ざっとこの施設のことを教えられて、初の夜を迎えるのですが、案内役としてあてがわれたのは佐柄木という面倒見の良い男で、他の患者について気配りをちゃんとしていることに尾田は感心します。片目がよく輝く青年だな、と思いながら。ただ、ハンセン氏病が重篤になり、膿で顔がぐじゃぐじゃになった男、神経まで菌に冒され、一晩中すすり泣きをする男など、いろいろな患者を目にします。
尾田は佐柄木から、これらハンセン氏病患者は、もはや人間ではない、いのちそのものだと教えられます。その佐柄木も、尾田に打明けるのですが、例の輝く片目は義眼であり、実は視力を失う直前でありながら、ノートに小説を書き綴っていたのです。視力がなくなるか、小説が完成するか、の「いのちがけ」の競争。
この小説は主人公が、ハンセン氏病治療所に初めて入所し、その施設の圧倒的な力の前で、ハンセン氏病になっても、失われない「いのち」について、大きく目を見開かされる経験を綴り、主人公本人も、自殺願望は失せ、ここで自分も「いのち」を燃やそうと思う最初のイニシエーションを受けた夜なので、「初夜」とし、作品自体「いのちの初夜」としたのですね。さらに言えば、川端康成がこの作品を激賞し、このタイトルを北條民雄に贈ったということです。
北条 民雄(ほうじょう たみお、旧字体:北條 民雄、1914年9月22日 - 1937年12月5日)は小説家。ハンセン病となり隔離生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく名作『いのちの初夜』などを遺した。本名:七條 晃司(しちじょう・こうじ)。
日本統治時代の朝鮮の首都京城(現・ソウル)に生まれ、徳島県阿南市下大野町に育つ。
1933年に発病。翌1934年、東京府北多摩郡東村山村の全生園に収容される。早くから文学に関心を持ったが、入院後本格的に創作を開始した。『間木老人』により川端康成に注目され、彼を師と仰いだ。
1936年、『いのちの初夜』により第2回文學界賞を受賞。その他に『癩家族』『癩院受胎』などの作品を遺したが、結核のため夭折した。
ハンセン病に対する偏見や差別により、長らく本名は公表されていなかったが、出身地の阿南市が親族に20年間に亘り本名を公開するように説得した結果、2014年6月に親族の了承を得て、没後77年経ってようやく本名が公開された。
今日のひと言:それにしても、ハンセン氏病ではなく、結核でいのちを落すとは、つくづく運のない人でした。なお、今回読んだ本は「ハンセン病文学全集1 小説一」(皓星社)
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今日の一品
@ウドの酢の物
ウドを切って短冊状にし、軽く茹でて、酢に晒し、醤油+梅サワー漬けで味を整えました。荒っぽい料理でしたが、味はまあまあ。(素材の良さに寄りかかり・・・)
(2017.04.13)
@「とり・たまご大根」(いなば)を使った鶏モモ肉焼き
弟作。単独で一品となるこの缶詰を使って、フライパンで焼いた鶏モモ肉に、最後に加えました。味が薄くなったので、醤油も加えました。
(2017.04.14)
@2度目の豆苗
弟作。繊細で美味しい豆苗(とうみょう)。まあ、エンドウ豆のスプラウトですが、これはばっさり切ったあと2回目の収穫ができます。(3回目は無理なよう。)卵、キリイカ、マヨネーズ、ナンプラーで炒めました。
(2017.04.14)
@木の芽豆腐
伸び始めた山椒の葉=木の芽をトッピングして冷奴を食べました。葉は一枝を豆腐半分に刻んで掛けました。十分な風味が味わえました。(山椒は庭木)
(2017.04.15)
今日の詩
@苦情と激高
駅の改札
体中を
口にして
苦情を述べる
黒づくめの
女性客
何であんなに
激高するか
不可思議だ
(2017.04.15)
今日の一句
我を待ち
散るを延ばせし
桜花
川沿いの桜たちが、私が来るまで待っていたかのように一斉に散り始めたのです。
(2017.04.13)