虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

論文博士(京都大学)に応募した!(エッセイ) / 「蒼イ海丿風」(沖縄料理 太田市八幡町)を閉店に追い込む

論文博士京都大学)に応募した!(エッセイ)
拝啓
初めまして。論文主文はかれこれ20数年前、リーマンショックの頃考えた経済学に関する小論文です。それ以降はあまり考えを深めていないのですが、いくつかの特徴があります。
1) 行為(act)の代価(対価)としてコインをやり取りすること
2) 生存権、生活権を国家の横暴から守ることが目的
3) 数学の群論を考慮した経済学であること
4) 最近気づいたことだが、この理論は物理学の相対性理論のカテゴリーにも分類される

高校2年生のとき、志望だった京都大学理学部数学科に行かずに東京大学理科1類に進学したのはくやんでいます。京都大学に行ったら数学者になれていたはずですが、私は都市工学者になりました。
敬具

2025.05.13   松久義也

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送付した文章
1) 本状(3枚)
2) ガロアについての基本構想(付 Q  & A)
3) 東京大学工学部都市工学科卒業研究レジュメ
4) 履歴書、職務経歴書
5) 最近の個人的事業の案内
目指せ 論文博士!!
松久義也
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ガロア発想に至るまでの葛藤
私は1987年から群馬県甘楽郡下仁田町の山奥で、「時代によらず不変な生様式」の確立を目指し、「森林クラブ」というグループの作業小屋(旧民家)に1人で住み、林業、畑作、紙漉き、炭焼きなどの伝統技術を学び、地場産業に根差した経済学の確立を模索していました。ところが紙漉きの作品が売れるようになった頃、女性をめぐる三角関係に巻き込まれ、(森林クラブ会員同士の凄惨な争い、争いには完勝しましたがその代償として山暮らしは出来なくなり、父のもとに一時預かりになりました。)その父に、私の母に父がしたのと同じように、精神病院にだまされて入院させられ、その後私の人生は狂いました。(29歳の頃です。)この後は細々と私の地元の企業で、closedで働いてきました。そんな頃父がアルツハイマー病になり、私と弟の大人2人掛かりで介護しなければならなくなりました。うらみ重なる父――そんな状況で発想したのがGALOISなのです。
 松久義也



「蒼イ海ノ風」(沖縄料理:太田市八幡町)を閉店に追い込む

私は、2025年05月13日に、飲食店のお客になろうとした者として、大いなる侮辱を受けた。この店はメニュー単価が高いので(オリオンビール660円、麺類900円程度!!)私は近くのスーパーにて140円でミニビールを飲み、今回は節約した。だって普通のビールなら200円だぜ。660円はハッキリ暴利。まあ入店早々、私が正直にもその旨伝えたところ、この「蒼イ海ノ風」女店長、カチンと来たらしい。さらに、この日は金銭を節約したかった私、正直に「この店で一番安い麺類を頼む」とやってしまったのね。そしたらこの女店長「蒼イ怒り」を「海原一杯に」「暴風のごとく」爆発させ、なんだかんだと喚いて私を店から追い出した!?

なんなの、これ、聞くにこの女、メニュー自体の値段を自分でも把握していないらしい。(私が初来店したとき、お冷さえ出さなかったぞ。この女店主。気が利かないというレベルではない。)まともな飲食店なら、普通私のリクエストに笑って対応するぞ。この女主人、自分では一流の料理を出している積りらしいが、メニューは標準の2倍の値段はする味のぼやけた料理群。そのうち客足は遠のき閉店するとは思うが・・・

この女主人、太田市の名喫茶店だった「しゃら」の2代目。ただ初代の息子の沖縄出身の嫁らしい。ああ、沖縄って、バカの名産地なのだな。これまで知り合った沖縄人には、圧倒的にバカが多かった。この女主人もその一匹だったか。私の独特な言動に面従背反していて、私の言葉尻を捉え、これ幸いと「鬼の首を取ったように」店から追放したわけだ。この女、社会常識もなければ、礼儀も知らない。そもそも接客商売の「呼吸」を知る気構えもない。「喫茶店は、ただコーヒーをしんみり飲むところ」なんだと。あんな不味い飲料をわざわざ飲むバカがいるか。コミュニケーションの場が喫茶店だ。初代しゃら店長が聞いたら、卒倒するぞ。そんなにコーヒーが好きなら、コーヒーを主食にしろ。下痢してくたばれ。
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私は最近この「蒼イ海ノ風」に2通ほど手紙を書いていたが、その一つを紹介しよう。

中ママさま
タコスといい、ハンバーガーといい、なかなかのお味でした。かろやかな美味しさというのでしょうか。

ただ、この種の味は、「水の料理」たる沖縄料理にとっては、やや異質で、むしろ「火の料理」であるフランス料理にならありそうな感じです。この前「とりせん」でクレープを買って食べたときのかろやかさと共通しています。

私がベトナム料理を挙げたのは、ベトナムがフランスの殖民地だったことがあり、フランス料理の洗礼をベトナムが受けていることも考えるべきでしょう。
沖縄のアメリカ軍基地からベトナム空爆していた事実は重いですが、草の根のレベルで両国民が、なんとなく(いや、むしろ)意気投合して交流し、「火の要素が沖縄の料理に伝わったのだとすれば、それはそれで面白く、また嬉しいことだと思います。まあ、アメリカが横暴すぎるのですが。何時でも。

松久義也


期待していたのに・・・このブログを読んだ人は、けっして「蒼イ海ノ風」には行かないだろう。南無阿弥陀仏・・・


松久義也