虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

夏目漱石と森鴎外:弟子の育たぬ人、育つ人(あるコトワザ)

http://www.watto.nagoya/entry/2016/12/09/140000
 :10大弟子+紅一点という法則または系譜 ( id:watto )

・・・という優れたエントリーがあるのに刺激を受け、私も今回のエントリーをしてみました。何人かの「対:ペアー」になる人をピックアップしたいと思います。


まず夏目漱石森鴎外ですが、明治期を代表する二人の作家。夏目漱石には夥しい数の弟子が育ちました。その一人、教育者の安倍能成(あべ・よししげ)についてwikiから引いてくると

1906年東京帝国大学1年生時に、友人が夏目漱石の元を訪問するのに同行して以来、漱石を深く尊敬師事し、後年には小宮豊隆森田草平・阿部次郎(鈴木三重吉とする説もある)と並んで「漱石門下の四天王」と称された。鈴木三重吉寺田寅彦との出会いも、漱石を通じてのものであった。漱石修善寺の大患(1910年)に陥った時、安倍たちが駆けつけると、来たからには「あんばいよくなる」と言われたとの挿話があった。

ここで名前が挙がってない人として、内田百輭(うちだ・ひゃっけん)も落とせないですね。


それに反し、森鴎外には弟子が育ったという話を聞きません。彼が小説家だっただけではなく、陸軍軍医でもあったことも弟子を志望するにおいて若者たちが二の足を踏むという事態になっていたのかも知れません。あと作品の妥協ない完璧さなどもあろうかと。


watto さんが挙げた例としては、マンガ家の赤塚不二夫さんと藤子不二雄さんの関係がありますが、赤塚さんには沢山の弟子(古谷光敏、北見けんいちとりいかずよし、etc)が育ちましたが、藤子さんからは育っていません。ついでに言えば、タモリも赤塚さんの弟子。


このような例は案外ありそうです。そこで私がwatto さんのブログのコメントに書いた例を挙げますと、仏教界のライバル:最澄空海の関係も、以上挙げた例に似ているのです。以下は司馬遼太郎さんの小説「空海の風景」から多くを引いてきますが、最澄にはその系譜に綺羅星の如く弟子が育ちます。多くは天台宗のスピン・オフで、法然親鸞日蓮などが、最澄が未整理にしたままの多くの仏典に、独自の解釈を元にして、新仏教を興します。


一方、空海は、あまりに完全すぎたため、弟子たちが経典に独創的な解釈をする余地がなく、真言宗は発展しなかった、・・・と司馬遼太郎さんが書いているのです。


最澄空海の逸話で浮かんだのが、数学界のカントールクロネッカーの確執です。カントールは「集合論」を創始して、「無限」というものと格闘していましたが、クロネッカーは「自然数は神が創った、それ以外の数は人間が作った」というモットーだったので、カントールの無限というものが許せず、精神的に追い詰め、カントールは精神病院に入院するはめになります。ここに、カントール集合論は数学でなくてはならないものとなったのですが、広く受け入れられた訳です。カントールには多くの弟子が出来たからでしょう。(もっともカントールは一応クロネッカーの弟子ではありましたが、クロネッカーは苛烈すぎる師だったわけです。それに加えて、ユダヤ人であるカントールを、非ユダヤ人であるクロネッカーが迫害したとも言えます。)


http://d.hatena.ne.jp/iirei/20111101#1320143790

 :数学上のライバル・・・カントールクロネッカー


この視点からみると、今回挙げた4組のライバルたち・・・夏目漱石VS森鴎外赤塚不二夫VS藤子不二雄最澄VS空海カントールVSクロネッカー・・・VS記号から見て左に挙げた人たちは弟子が育つ、右に挙げた人たちは弟子が育たない、というわけです。


その理由とは何か・・・師匠がアバウトでいい加減であればあるほど弟子が育つということなのでしょう。そのようなことを司馬遼太郎さんは言っているようです。



今日のひと言:私は、弟子が育つ人物のほうが自然であり、その抱擁力が多くの弟子を育てうる一方、弟子が育たぬ人は、孤高の境地に安住するため、(独創性を持つ)弟子候補から敬遠されるのだと考えます。ここであるコトワザを思いだしました:女性は歳をとるほど、まわりに人が集まり、男性は歳をとるほど、孤独になる。・・・このコトワザを適用すると、森鴎外が「男性」、夏目漱石が「女性」・・・(もちろんこれは比喩的な意味でですが)というように分類できると思います。以下も同様。




李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)

『空海の風景』を旅する (中公文庫)

『空海の風景』を旅する (中公文庫)

これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)

これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)




今日の一品


@メカジキのムニエル



メカジキ(とろ)を安く入手したので、ムニエルに。下味と仕上げにオレガノを加えました。オレガノは万能調味料ですね。

 (2017.11.15)



@ラム肉のすき焼き風



弟作。すき焼きの要領で煮物を作りました。貝類、白菜などは無く、味付けも溶き玉子につけるほど濃くはなかったですが、美味しかったですね。ラム肉をすき焼き風にしたのは初でした。

 (2017.11.15)



ガンモドキのハーブ詰め



ガンモドキを横に切り目を入れ、イタリアンパセリ、スープセロリを刻んで塩したものを挟み込み、レンジでチン。鮮烈な芳香を楽しめます。

  (2017.11.16)



@ジャガイモと蓮根の炒め物



弟作。(アイディアは私)あまり組み合わされることのない2つの野菜を合わせました。オリーブオイルで炒め、塩、オカカ振りかけ、コチュジャン。良い出来です。

 (2017.11.17)



塩麹入り味噌汁


id:miyotyaさんおススメの処方、やってみました。味噌汁が甘くなるようです。

 (2017.11.17)





今日の詩


@なんだ、この花?


「サラしょーもない花」
・・・これ、なんのことか?


私はうとうとしていたとき
この言葉が浮かんだのだが(メモメモ・・・)


もしかして、これは
沙羅双樹:さらそうじゅ」のこと?


ならば私は涅槃(ねはん)の境地にいたのか?
「ない」ならそれは野狐禅(やこぜん)か?

 (2017.11.18)





今日の一句


霜の朝
タエコ気づかず
歩きけり



朝の散歩。この冬初めて霜を確認しました。タエコ=家の飼い犬です。

 (2017.11.17)