厄除け詩集:井伏鱒二は感情をそのまま吐き出さない
http://d.hatena.ne.jp/mikutyan/20141105/1415142532 :mikuちゃんの日記
・・・で取り上げられていたのですが、井伏鱒二(いぶせ・ますじ:1898−1993)の訳詩に以下のものがあります。
『勧酒』
于武陵(うぶりょう)
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
君に勧(すす)む金屈巵(きんくっし)
満酌(まんしゃく)辞するを須(もち)いず
花発(ひら)いて 風雨多し
人生別離足(た)る井伏鱒二の名訳が有名ですね。
『酒を勧む』
井伏鱒二
(前半2行は、ある人にお酒を勧める描写)
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(『厄除け詩集』)
この詩の後半2行は、つとに有名で、私はテレビ番組「おれは男だ!」の中で、名優・笠智衆が語っていたことを思い出します。人生はどんな一期一会を持ったかによって、その価値が計られるように思います。さて、この名詩・名訳について、ちょっと考え付くことがあります。内容は情緒たっぷりな詩なのに、表現は、じつに客観的なのです。次の詩は如何でしょうか。(これは訳詩ではなく、井伏鱒二本人の詩)
魚拓(農家素描)
息子三人ともに戦死し、まとめて供養
供物はぞんざいに捧げられている
息子兄弟が釣り争った魚拓が
二枚張ってある
(この詩は、原詩をそのまま引用するのはどうか、と思ったので短くしました。意味は通じます。)
どうでしょうか?感情を表にださないけれど、戦死した息子たちを愛おしく愛惜している情景が浮かんで来ます。この場合「魚拓」という小道具が重要な役を演じますね。井伏鱒二は、一見叙事詩を装いながらも、その実、抒情詩を書いていたのか、とも思います。なかなかの技量です。感情の表現は、あからさまではなく、一見冷たい事実の列挙のなかでそこはかとなく暗示されるのですね。この作法、詩を書くうえでも、参考になります。
今回挙げた2つの詩は、著作権が気になりますので、芸術的価値が落ちるとしてもあえて切り刻みました・・・勧酒の場合、音楽関係の著作権の場合、歌詞はおおむね1、2フレーズ程度の引用なら良しとされるようなので、詩についてもその位であろうと、人口に膾炙した後半2行を引用しました。
今日のひと言:勧酒を思い出させてくれたmikuさんには、感謝の気持ちで一杯です。
なお、今回読んだのは「厄除け詩集」(講談社文芸文庫:1994年初版・本体940円)です。
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http://d.hatena.ne.jp/iirei/20151209#1449612752
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