虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

理学と工学〜whyとhow

世間では理工系といっしょくたにされる「理学」と「工学」、実はおおきな違いがあるのです。第一次世界大戦のさなか、ドイツ軍が「塩素ガス」を初めとする近代兵器を投入したことは、歴史に紛れもない事実ですが、この「暴挙」を指揮したのが、ドイツの化学者・フリッツ・ハーバーです。

 参考過去ログ http://d.hatena.ne.jp/iirei/20110724

       悲運の愛国者フリッツ・ハーバー


 塩素は、1774年にスェーデンの化学者シェーレが初めて塩素ガスを実験室で発生させ、イギリスのデービーが元素として確認しています。工業的には塩化ナトリウムを電気分解して得られるものでしたが、工業的には塩素ガスと同時に発生する水酸化ナトリウムのほうが需要が多く、塩素ガスは使い道に乏しい邪魔者でした。


 これを兵器に使ったらどうか?・・・とハーバーは考えたのでしょう、実施しました。
戦後は「塩素の平和利用」として、プラスティック業界、その他で塩素にまつわる技術は生き延びました。しかし、その反面、ダイオキシンなどの恐ろしい有機塩素化合物をも副産物として生まれることになりました。塩素を発見したシェーレとかデービーとかがこの状況を見たら仰天するでしょうね。


 また、第二次世界大戦で、アメリカが日本に投下した原子爆弾、これはもとはと言えば、物理学の内部の純粋な問題を解き明かす目的で研究されていた相対性理論とか量子力学の成果を軍事目的に転用したもので、戦後は「原爆の平和利用」として原子力発電所になりましたが、その恐ろしさは3.11で日本国民みんなが味わいましたね。


 以上2つの事例はよく似ていると思えませんか?

1) 学者が純粋な学問的動機で研究する
2) その成果を軍が兵器用に用いる
3) 戦争後はその技術は平和利用されるが大きな惨禍につながる


・・・以上のように。


どこでこんな風になってしまったのでしょう?私は「理学」というのは「why」という言葉で括れる学問分野だと思います。「なぜ?」「どうして?」「知る過程」を追求するものであると。一方、「工学」は「how」という言葉で括れる学問分野。「どうやって?」「知ったことを使う過程」を追求するのだと。


 理学と工学、もしかしたら、人間が猿の時代から両方の精神活動をして、人類は発展してきたのかも知れませんが、私は数学者グスタフ・ヤコービの言葉「科学の唯一の目的は人間精神の栄誉のためにある」というような「理学」のあり方に賛同します。シェーレ、デービー、アインシュタインシュレジンガーなど、純粋に「理学」を極めようとしていたからです。(あ、ユダヤ人であるアインシュタインは、ユダヤ人を地上から抹殺することを旨としていたナチス・ドイツへ対抗するため、アメリカ大統領に原爆を製造するように依頼していましたから、ちょっと違うかも。)


 一方で、私は工学部の出で(ホントは理学部数学科に行きたかったのだけれど)、工学の負の側面はいやというほど見てきています。私の持論なのですが、工学部は「殺人学部」たり得る側面も持ちます。ここでは「why」の結果だけ持ってきて「how」の議論にしてしまう工学の危うさを見るのです。


今日のひと言:現世御利益の研究に与えられるノーベル賞、最近では「理学系」の研究者より「工学系」の研究者の受賞が多い気がします。もともと、ノーベル賞には「理学中の理学」・数学賞はないですからね。


参考文献:元素111の新知識  桜井弘・講談社ブルーバックス





今日の一句


ここ群馬
口ほどになし
冬野分


  2012年4月3日に日本列島を直撃した台風なみの低気圧、私の住む群馬県ではさほど被害がありませんでした。冬の台風なので(冬野分:のわけ)と呼ぶことにします。群馬県は、案外災害に強いのです。それは、たまたまの偶然。山形県秋田県などで被災された方には衷心からお見舞い申し上げます。

   (2012.04.04)

元素111の新知識―引いて重宝、読んでおもしろい 第2版 (ブルーバックス)

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恋する天才科学者

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理工系のための 明日への教科書 時代を担うトップからのメッセージ

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