虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「神々は渇く」(アナトール・フランス)・・・革命の狂気


アナトール・フランス特集その2

 短編の多いアナトール・フランスにしては、めずらしく長編の作品。「フランス革命」という集団狂気を扱っています。堂々たる歴史小説です。
原題:Les Dieux ont Soif


 一市民・画家のエヴァリスト・ガムランは、「革命裁判所(!)」の陪審員に任命され、正義感に燃えて国家の敵たちをギロチンに架けることに精を出します。そしてその死刑囚たちの流す血で、「渇いた神々は・その渇きを癒す」わけです。

 以下は当時の裁判の心象風景のスケッチとして秀逸です。

満員になった牢獄を空にする必要があった、したがって、裁判せねばならなかった。休息も休止もなしに裁判せねばならなかった。  (中略)
 陪審員たちは、身分も性格もまちまちで、教養のある者もあれば無知な者もあり、卑劣な者もあれば剛毅な者もあり、優しい者もあれば乱暴な者もあり、偽善者もあれば真摯な者もあるといったように、いろいろではあったが、しかし、そのひとり残らずが、祖国と共和国の危機のなかで、おなじ悩みを悩み、おなじ情熱に燃えていた(あるいはそう見せかけていた)そして、正義心か、さもなくば恐怖心から極度に残忍になったこれら陪審員の全体は、単一の存在を、鈍くてそして苛々した単一の頭脳を、単一の魂を、その機能の自然の働きによって夥しい《死》をつくり出す一個の神秘的なけだものを、形成しているのであった。彼らは、そのときどきの気分で、優しくなったり残忍になったりした、そしてほんの一時間前なら罵倒して処断したにちがいないその同じ被告を、急に激しい憐憫の情に駆られて、涙を流しながら釈放したりするのだった。彼らは、その仕事を進めていくにつれて、いよいよ性急に自分の心の衝動のままに行動するようになるのだった。

出典:アナトール・フランス小説集2「神々は渇く」:白水社水野成夫・訳)
第15章初頭の234P−235P


 軽口で「王様、万歳!!」と叫ぼうものなら、旧体制(アンシャン・レジーム)のブルボン朝の支持者とされてしょっ引かれ、ギロチンで頭と胴体を切り離された時代。キリスト教も禁じられ、「理性」を神として信仰せよ、と強要された時代。


 その狂気は、エヴァリスト・ガムランその人の運命そのものにも降りかかってくるのです。身近な知人が逮捕されてきたときにも、冷酷にギロチンに送ってしまうようになった彼を待っていたのは、かれの属するジャコバン派の総裁、マキシミリアン・ロベスピエールが政党間闘争に敗れ、失脚して(‘1794年「テルミドール9日のクーデター」)、その一党だったエヴァリスト・ガムランも捕らえられてしまいます。その際、怪我をしますが、新当局は「ただ、ギロチンに架ける快感を欲して、この場で殺さなかったので治療した」という残忍さです。


 どこで、こうなってしまったのでしょう?一般の善良な市民であるエヴァリスト・ガムランが狂気の世界に入り奮闘し、その挙句がこんどは裁かれる側に回ってしまうとは?革命の時期の政治家が、いつでも反対勢力に取って代わられることは古今東西、ありそうなことです。ただ、ガムランは、この小説の途中で、「寛大、宥恕(ゆうじょ:ひろい心で罪をゆるし、とがめないこと)」という言葉について考察していますが、この2つの徳があれば、ガムランもこれほど悲惨な運命に落ち込まなかったろうし、フランス革命でもあれほど多くの人を殺さずに済んだかもしれませんね。アナトール・フランスも、この点を主張したかったようです。


今日のひと言:「エヴァリスト・ガムラン」という名は、なんだか天才数学者の「エヴァリスト・ガロア:1811−1832」に似ている気がします。ガロアも革命的空気の中にいたひとで、当局に暗殺されたのだという説もあります。


 また、近代化学の創始者ラボアジエ:1743−1794」も、収税吏であったとき、着服したとのカドで、ギロチンの露と消えています。彼については、同時代の科学者(誰だったかは失念)が「惜しい、あの頭を胴体から切り離すのは造作もないが、あれだけの頭脳を再び作るには数百年かかるだろう」と評しています。




最近気になるお笑い芸人

 Wコロンの「ねずっち」が面白いです。「ナゾかけ」を即興で行い、5,6秒考えただけで「整いました!」と絶妙のオチをつける頭脳はなかなかのもの。頭いいんだな、このひと。落語は学んでいなかったそうです。

神々は渇く (岩波文庫 赤 543-3)

神々は渇く (岩波文庫 赤 543-3)