翻訳者・アーサー・ウェイリー
翻訳者・アーサー・ウェイリー
アーサー・ウェイリー(1889−1966)
この男、中国にも日本にも来ないで
「源氏物語」とか「老子」 などを
本物の英語に訳した翻訳家・詩人だ。
彼の語学習得法の極意を知りたくて、
紐解いている本には、その記述がなく
残念だ。
ps私がウェイリーの名を知ったのは、「老子」(小川環樹:中公文庫)の参照文献のリストによく出てきたから。中国人にも難解な原文をいきいきと語っているようでした。小川氏もウェイリーの解釈にはよく耳を傾けていたようです。
(以上はMIXIのコミュに書いた詩です。)
アーサー・ウェイリー(Arthur David Waley)はユダヤ系のイギリス人で、ラグビー校、ケンブリッジ大学を優秀な成績で卒業し、生来視力が弱かったため、従来のエリートとしてのキャリアをあきらめ、1913年から大英博物館に就職します。ここでいまだ未知のオリエントの文献に触れ、中国語、日本語、アイヌ語を独学で習得し、中国、日本の古典を簡潔で分かりやすい英文にして見せたわけです。
ここに一例があります。
秋風起こって白雲飛び、
草木黄落して 雁 南に帰る。
蘭に秀有り 菊に芳有り、
佳人を懐うて忘るる能わず。
「秋風辞」 漢の武帝
ある訳者は以下のように訳しました。
AMARI ALIQUID
The autumn blast drives the white
scud in the sky,
Leaves fad,and wild geese
sweeping south meet the eye,
The scent of late flowers
fills the soft air above,
My heart fill ofthoughts
of the lady I love.
H.A.Giles,1898
そして同じ漢詩の翻訳がウエイリーの手にかかると、
The Autumn Wind
Autumn wind rises;white clouds fly.
Grass and trees wither;the geese fly south.
Orchids all in bloom,chrysanthmums
smell sweet.
I think of lovely lady,nor can forget!
以上の引用は「源氏物語に魅せられた男―アーサー・ウェイリー伝」(宮本昭三郎:新潮選書)の94Pから95Pからです。
二つの訳詩を比べてみると、ウェイリーがより簡潔で、訳語も正確だと思います。とくに3行目に、その違いが顕著です。英語の魅力はその簡潔さにあるのではないか、と考える私からみても、ウェイリーの訳詩は的確ですね。Gilesの訳はちょっと装飾過剰です。その一方で、2種類の花を単にflowers としています。ウェイリーは、「蘭」と「菊」も正確に訳出しています。また、詩人(この場合は漢の武帝)の意を汲み、詩を「!」マークで結んでいるのもいいですね。
今日のひと言:現地にもこないで、また不十分な資料のみで、行われたウェイリーの業績には、尊敬の念と羨望の念を禁じえません。なお、ウェイリーは、古典的日本語(古文)は読めても、現代日本語(口語)は、一切、読めなかったとのことです。なお、英米文学者だった加島祥造氏がアメリカで、英訳された「老子」を読んでインスピレーションを受け、現在、長野の伊那谷に在住で、「伊那谷の老子」と呼ばれているそうですが、その英訳は間違いなく、ウェイリーによるものであったことでしょう。