選抜試験の過酷さと不条理さ・・・科挙を例にして その2
*選抜試験の過酷さと不条理さ・・科挙を例にして その2
(私が友人と企画したけどボツになった、日本の来歴を探る高校生向けの教科書の原稿です。対話・設問形式になっています。今回はその2。)
B:ある意味、日本以上かもね。もっとも、僕の母は、僕の妊娠中、タバコ吸い放題に吸っていたけど。
A:君を見てたら、確かにそうだろうな、と思うよ。次の話題に行こう。科挙で課された科目についてなんだけど、いわゆる四書五経とか、詩文の実作が課されたんだ。
B:すると、理科や数学などの理科系科目は無しなのかい?
A:そう、これらの科目は下級労働者がやるものとして無視されていたんだよ。
B:でも、実施されていた科目だけで、役人をやれるだけの思考力は身に付くのかなあ?なんだか疑問だ。
A:ともかく、科挙で重視されたのは、なんと言っても「暗記力」だ。次のごとくさ。
「八歳で入学して十五歳になるまでには、ひと通りの古典教育を終了するのが普通であるが、いったいこの間にどれほどの分量の学問をしなければならないのであろうか。学問の中心はいつまでも「四書」「五経」であるが、いまその本文の字数を数えると次のようになる。
論語 11705字
孟子 34685字
易経 24107字
書経 25700字
詩経 39234字
礼記 99010字
左伝 196845字
合計 431286字
四書のうちの「大学」と「中庸」は「礼記」と重複するから数えないが、全部で
43万余字という、正に気の遠くなりそうな数字である。
この経典の本文だけはひと通り暗誦する立前であるから大へんなものである。1日に200字づつ覚えてちょうど6年ほどかかる。」
B:とんでもない教育だね。中国に生まれなくて良かったよ。そうそう、手元の資料によると、清朝の時代、官吏資格者である進士になるには、まず初めに県試、府試、院試につづけて合格して生員となり、つぎに本来の科挙試験である科試から朝考まで七つの試験に及第しなければならないとのこと・・・僕はご免だ。
A:勿論、注釈書も含めれば、暗記するべき分量は天文学的になる。異常な記憶力の持ち主だった万能の学者・南方熊楠なみでなくてはだめだったんだね。ついでに言うと、現王朝の歴代皇帝の名に使われた文字は、科挙の際、使用禁止だった。もしその禁を破ろうものなら、どんなに得点が高くても、及第はできなかったんだ。さて、ちょっと話題は変わるけど、科挙の場合でも「カンニング」の問題はついてまわった。次の通り。
「大門を入ったところで身体検査があり、四人の兵卒が同時に一人の挙子の着衣を上から下までなでまわし、荷物をあけさせて内容を調べる。書物は言うに及ばず、文字を書き込んだ紙片は持ち込み厳禁で、もしそれを発見した兵卒があれば銀三両を賞に与えられるというので、取調べは厳重をきわめ、饅頭を割って中の餡まで調べると言われる。しかしどうしてか、カンニング用の虎の巻などがともすると厳重な係員の目をくぐって場内に入ることも珍しくない。ひどい時には、本屋が一軒できるほどたくさんの書物がもちこまれたとか。」
B:何をか言わんやだな。これについて論評するのもばかばかしい。もしかしたら、「本屋」の受験生は、係員を買収したんじゃないの?これから見ると、例の韓国のカンニング事件も可愛く見えるね。
A:さすがに、中国、スケールが大きい。そして、科挙の結末についてだけど・・・