虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

佐藤春夫の詩才


 いま、私は「定本 佐藤春夫全集 第1巻」(臨川書店)を紐解いて、佐藤春夫(1892−1964)の詩を読んでいます。なかなか面白い詩が多いですから、その内幾つかを取り上げてみます。


四行詩


淫蕩な女が
純潔な詩集を愛読した
純潔な詩集の著者が
淫蕩なその女を愛撫した

         107P

なにやら秘教的な詩です。「♪綺麗は汚い 汚いは綺麗・・・」という「マクベス」(シェイクスピアの4大悲劇のひとつ)に出て来る魔女の呪文を想起します。もっとも清純な者がもっとも淫猥な者と睦みあうというのは、むしろ宜しいことなのかもと思います。私の初の恋人はこの詩のごとく淫蕩な女性でした。それでも私は喜んで彼女と恋愛関係に陥ってしまったのです。


私は当時、(なにに向ってかは自分でも解らぬながら、)志(こころざし)を持っていました。そして、私が在籍していたのはマンガクラブで、彼女は男漁りに来ていた女性だったのです。私は結構ユニークなマンガを描いていましたが、彼女はその作品が気に入ったらしく、私に迫ってきました。そして、私が本当に志を持った際、彼女は私にその路線で行くことを認めませんでしたが、私は彼女を振り、わが道を行くことになったのです。まあ、ほんの一時期の「睦みあい」でしたね。このように、佐藤氏はシチュエイションを一般化する能力に長けてます。


海の若者


若者は海で生まれた。
風を孕んだ帆の乳房で育った。
すばらしく巨くなった。
或る日 海へ出て
彼は もう 帰らない。
もしかするとあのどつしりした足どりで
海へ大股に歩み込んだのだ。
とり残された者どもは
泣いて小さな墓をたてた。

        53P


この詩は巨大です。1つの叙事詩と言ってもよい。あたかもギリシャ神話オデッセイアのような、大きなドラマが若者の身に起きたのかもしれず、彼はその内、浜辺の部落に凱旋することがあるやも知れません。――竜宮城から。神話的な詩。


恋愛天文学



儂作北斗星
千年無転移
歓行白白心
朝東暮還西


          子夜


われは北斗の星にして
千年ゆるがぬものなるを
君がこころの天つ日や
あしたはひがし暮は西

        83P

この詩は、中国の女性詩人が書いた詩句の翻訳集・・・「車塵集:しゃじんしゅう」のなかの一編です。天文学を持ち出して、恋人の不実をなじるという詩であり、その辺がいやに現代的なので、引っ張ってきました。日本語に翻訳しても、流麗な和歌みたいでとても面白いです。(各行7・5調になっている)訳者・佐藤春夫が、あらためてこの古い詩に生命を与えていると言えるでしょう。このあたりにも彼の詩才を感じます。


この本の添付資料によれば、(ほら、ある種の全集にはよく巻頭に付属しているでしょう?)芥川龍之介詩才は「間欠泉のようなもの」であり、佐藤春夫のそれは「たえまなく滾々と湧き出す泉のようなもの」だ、という例え話が出てきます(鈴木助次郎)。確かに、佐藤春夫の詩は変幻自在・かつ想像力に富んでいるようです。もっとも、芥川の本領は小説のほうにあったのですから、この評価は一面的かもしれないですが。



今日のひと言:これほどの詩才あふれる佐藤春夫氏にして、戦時中国民を鼓舞するために詠われたとみえる詩の数々は、凡庸だな、という印象を受けました。やれ「軍神@@」とか「特攻隊精神@@」とかの詩。芸術を戦争の道具にすると、芸術家も哀れだし、その芸術によって踊らされる庶民も哀れだと思います。


参考過去ログ
  http://d.hatena.ne.jp/iirei/20111221  田園の憂鬱(佐藤春夫)を読んだ

  http://d.hatena.ne.jp/iirei/20120802  芥川龍之介徒然草


春夫詩抄 (岩波文庫)

春夫詩抄 (岩波文庫)

この三つのもの (講談社文芸文庫)

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現代語訳・徒然草 (河出文庫)

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