化学者特集 その1(一回置きに掲載します。全3回)
1981年、京都大学出身の福井謙一氏(1918−1998)が、フロンティア理論でノーベル賞を受賞した際、私の師の宇井純氏が、福井氏の意識レベルが相当に遅れている、と評したことがあります。おなじ化学工学の出身として、やっかみもあったのではないかと思いますが、宇井氏は「水俣病など甚大な被害をもたらした化学工学に携った者として、福井氏のスタンスが、その化学工学の出身でありながら、能天気すぎる」と言いたかったのでしょう。
福井謙一氏をWikipediaで調べてみますと、中々良い言葉を残していました。たとえば
「メモしないでも覚えられるような思いつきは大したものではない、メモしないと忘れてしまうような着想こそが貴重なのです。」とか
「ひとりの人間は、無限の過去、無限の未来とつながっている。」
など。含蓄に富む良い言葉です。でも、これらの言葉は、純粋に科学者としての認識であり、公害に繋がる化学というものをその営為とする人の言葉としてみると、いかにも「何も考えていない」ことが垣間見え、宇井純氏の言葉が利いてくるのです。
このような視点から日本歴代のノーベル化学賞受賞者を鑑みるに、確かに「公害」あるいは「科学技術の負の側面」については、なんにも省察したことがない人が多いと思われます。この状況を踏まえて、私は日本のノーベル化学賞受賞者には幼い人が多いと考えます。
たとえば、野依良治氏(1938−)。彼は光学異性体を選択的に合成するメソッドを開発しました。これはスゴイ発見で、ノーベル化学賞を当然もらえる業績でしたが、いろいろな新聞の化学教育充実のシンポジウムに積極的に参加し、また一昨年の民主党の「事業仕分け」でも、スーパーコンピュータへの予算配分問題で、「研究レベルを下げないために、世界一のスパコンが必要だ」と主張していました。科学の発展はアプリオリに人類の幸福を保証する、と言わんかのごとくです。
また、私が極めつけの能天気な人だと考えている人が、2010年、クロス・カップリングの業績でノーベル賞を受賞した根岸英一氏(1935−)です。この人は、はなから、科学技術の負の側面について考えたこともなさそうです。この技術が人類あるいは環境にとって、未知の化合物を被曝させるかも・・・と言った視点がまったくないようです。
彼は、植物のみが可能だった「光合成」にも、お得意の触媒技術で挑もうとしています。もうひとつの植物の専売特許だった「空中窒素固定」は、20世紀初めにハーバー・ボッシュ法によって人為的にできるようになりましたが、この方法は高温・高圧の条件のもとで可能になったものであり、おそらく、「光合成」も、そのような高温・高圧条件下で成し遂げられるものなのかも知れません。ほんとに光合成が再現できたら、ノーベル賞を2つも3つも貰えるでしょう。生化学的には、光合成のメカニズムはほぼ解明できていますが、常温・生体内の反応であるため、有機合成化学的には難しいと思います。
今日のひと言:タンパク質分析機でノーベル化学賞をもらった田中耕一氏(1959−)には、このブログで触れたような能天気さ、幼さがなくて、好感がもてます。
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今日の箴言
龍は、
役に立たない動物である。
だから、
人にとって役に立つことはしない。
この言葉、ゆうべ寝るまえに思いついたのですが、本日7月5日に、東北の被災地でタカビーな態度を取った松本龍・復興担当大臣が電撃辞任した後で思えば、いかにもな意味付けができますね。