虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

私は15日間、Twitterをやった


 話題のツイッターがどんなものか、2010年11月3日から15日間ツイッターをやってみました。ツイート(tweet:つぶやき)は大体一日に2,3本、以下のようなものを上程しました。こんな感じです。


私はここ半年、根昆布を夕食に一定量食べてきましたが、この前試験したら、甲状腺の具合がおかしかった・・・これは根昆布に含まれる沃素のためであると思い、昆布にまつわる食品は食べないことにしました。ダシも鰹節ダシに。昆布はワカメの170倍、沃素を含んでいるそうです。試験して良かった・・ 7:45 PM Nov 15th webから


白鵬が負けた!!連勝は63でストップ。なんだかばたばたした相撲だったしね。この相撲の前半で危ないと思った。それにしても双葉山は偉大だ。69連勝はやはり不滅の記録なのだろうか?双葉山は連勝が止まったとき「いまだ木鶏たりえず」と言ったが、白鵬はなんと言うのだろうか?「木鵬」?? 1:33 AM Nov 15th webから


ローズマリーのハチミツというのを、山田養蜂場から入手し、これまでパンに塗って食べていました。大体終わり。さすがローズマリーの花の蜜らしく、ツンとした風味があります。 でも、一般にハチミツは冬凍るので、食べられるのは真冬前と、しばらくジャムもハムもベジマイトも食べずに来ました。 7:08 PM Nov 14th webから

大体こんな感じの記述で、制限字数くらい(140文字)は書きました。この記事で原稿としてはマズマズよいとは思いますが、ツイッターについて私が気になった点に4つあり


1)ツイートが3つだけなのにフォロワー(follower)が数千集まる人がいた。ツイートの質はそれほど変わらないとして、フォロワーがこんなに集まるのは意外!だったです。なにかの点で有名人だったのでしょうか?(フォロワーは、ツイッター最大の利点で、「私のつぶやきをその人のページにて紹介してくれ、これが盛況になったら、より多くの人が見に来てくれる」、というシステムです。)


2)フォロワー増加のプロセス・・・私のフォロワーの増加をグラフにしました。(グラフ参照)




ツイッターを始めてから5日目くらいはほぼ数件、6日目くらいから増加しはじめ、7,8日目に顕著な増え方をし、「これは指数関数的か」と思いましたが、9日目位から頭打ちになり、10日目以降はむしろ「ロジスティック曲線」のような感じで、このまま続けても、フォロアー数は800にも行かない、と踏みました。最初のうちは、フォロワーを多く持つ人がフォローしてくれていたので、それにひっぱられる感じで、私のページに来てくれたのでしょう。かと言って、ツイッターが推奨するメンバーにフォローをしても、そのメンバーたちがフォロー返しをするとは限らず、むしろ空振りになることが多かったです。これが、これ以上フォロワーが増えまいと感じた根拠です。また、運悪く、フォロワーになる私の操作が、コンピュータの不調で、上手くできなかったこともあります。


3)フォロワー数が大きいことのデメリット・・・私の場合でも充分わかりますが、2)で挙げたようにフォロワー数が多いほど良いとも言えません。フォロワー数が多いと、「私」のホームに表示されるツイートは、フォローした人の断続のない表示がなされ、私がツイートを載せて1分後には、すぐに多くのフォロワーのツイートが掲載されてしまい、ゆっくり読めません。20分も経てば私のツイートは欄外です。一ツイートの寿命は短いのです。読んでもらいたいツイートであっても、読んでくれる人たち(フォロワー)が多くなるほど、読まれにくい、「二律背反」が起きるのです。みんな、多くのフォロワーに来てほしくて、フォロワーになるのですが、その結果、自分のツイートが読まれなくなるのです。ワン・オブ・ゼムになってしまうのですね。


4)ツイッターのログオフ画面に「評判のツイート」として挙げられているメンバーはかなり固定されていて、たとえば「きっこのブログ」の管理人さんのように有名な方が取上げられることが多く、普通のツイッターのメンバーが取り上げられることは稀。また、この欄もせわしなく、速読しないとツイートについていけません。


今日のひと言:以上のような理由で、私はTwitter を止めることにしたのです。15日間で解ったことは、このインターネット空間が案外不毛であったということです。




今日の杞憂:昨年12月8日に起きた「大事故」、覚えていますか?中部電力の送電する電圧が一時的に(0.07秒)下がり、それによって東海地方の工場、たとえば四日市東芝の主力半導体工場とか同じく四日市三菱化学のプラスティック工場などが大いに打撃を受け、特に東芝の場合などはフラッシュメモリー用半導体の生産に大きな痛手を受け、中部電力に損害賠償請求をするつもりだとか。ここで私が思うに


1) たった0.07秒間の停電で工場全体が影響を受けるということの怖ろしさ。そんな危ない橋を現代の工業界は渡っているということ。


2) 電力会社は、ユーザーである企業の「求めるまま」電気を供給し続けなくてはならないこと。これでは危険な原発を増設して、需要に答え続けるしかないのでしょうか?同じ]]供給事業でも、水道の場合は、企業努力でいくらでも節水ができる(島津暉之さんの東大都市工学科修士論文による)ものですが、電気は節電できないものでしょうか?


現代社会は、このような脆弱な基盤の上に建つ「砂上の楼閣」と考えるのは、私の杞憂でしょうか?

Twitter小説集 140字の物語

Twitter小説集 140字の物語