虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

アイディアマン・K氏=自主講座時代の盟友


 私は大学生時代、宇井純氏が総括する公害問題をテーマにした運動・自主講座のひとつ、「グループ水」というのに参加していました。どのメンバーも一筋縄では捉えきれない人たちでした。その中でも、特に思い出深い人物について語ろうかと思います。


 そのK氏は、早稲田大学理工学部化学科の学生でした。彼が「グループ水」に入ったのは、主要メンバーの中では一番遅かったのですが、とても存在感がありました。ともすると、専門分野の同じ宇井氏の後追いになる「グループ水」の活動に、方向性を与える、サッカーでいえば、ミッドフィルダー(MF)のような存在でした。基本的にアイディアマンであり、その発想は豊富な勉強量と情報収集に物怖じしない態度に裏付けられていました。


当時、上水道の汚染については関東地方より深刻だった近畿地方に出かけて、そちらの住民運動から情報と人脈を持って帰ってきます。私がトリハロメタンについての認識を深め得たのは、K氏によるところが大きかったのです。それは卒業論文につながります。また、近畿の運動の指針者である山田国広氏(当時大阪大学機械工学科助手)や槌田劭氏(つちだ・たかし)を講座に招いたのは、K氏が作った人脈の賜物です。


 K氏の唯一の欠点として、実務が苦手だと言うことがありました。アイディアマンとしての優秀さは誰でも認めましたが、実際講座の準備その他では他のメンバーの足を引っ張るのです。黙々とするべき作業をしている時でも、手より口を動かしている人でした。重要書類を電車に忘れてくることもありました。当時私はアイディアマンとなるには勉強量、情報量が足りず、K氏のプランのもと、講座開催の実務をやっていました。彼と私でコンビを組んで講座を開催していたわけです。お互いの足りない部分を補い合う関係です。


しかし、その蜜月期も過ぎました。何時まで経っても実務に取り組む気配のないK氏に業を煮やした私は、彼との決別を告げました。K氏:「俺達は2人で一組だ。これまでの関係を切ってしまえば、お互いなにも出来なくなるぞ。」私:「もう、君に教わることはない。アイディアも自分で発想できるようになったんだよ。」K氏との二人三脚をやめた私は、ほどなく自主講座から足を洗い、中西準子さんの研究室に行きました。そこで卒業論文を書き上げ、1年研究生をやった後、大学を去りました。


K氏は私がいなくなった後、中西研究室にやはり研究生として入り(都市工学科の大学院入試に落ちたのです。)、トリハロメタンの現況調査の仕事を引き継ぎました。併せて、建築学科の院生達と協力して、手作りの講座、というか少人数のゼミを運営していました。また、川の環境調査について、独自の方法論を組み上げていました。私が東京暮らしを止めて山に行く直前、そのゼミに招かれて講師として久しぶりに東大に行きました。そこでK氏が地道な実務に取り組んでいる姿を見て、「君も変わったな。お互い頑張ろうぜ」と声を掛けました。川の調査法については、「是非出版しなよ」とアドバイスしました。お互い、一本立ち出来たことを喜びながら、彼と別れました。

 
ところが、それがK氏との永遠の別れになりました。山暮らしの1年目のその年1987年の夏、グループJで「子どもキャンプ」の催しに参加していた時、E氏とW氏から相次いで電話が来て、「K氏が自殺した」との悲報を受け取りました。私はキャンプのサブ・リーダーだったこともあり、なにより自殺という行為は認めない人だったので、葬式に出るのは断りました。


自殺の理由は、失恋および将来への不安があったとのことです。あれだけの頭脳をあの世に持っていってしまうとはなんと勿体無いことかと考えました。K氏は、その精神の奥底に、極めて弱い部分があって、あの魔の時、それが顔を出したのだ、と思わずにはいられません。「生きてさえいれば、大学者になれる器だったのに」と今でも残念でなりません。


今日のひとこと:私たちが宇井純氏の「酸化溝:さんかみぞ」という、窒素を除去できる施設に眼が行っているとき、K氏は「窒素は肥料に出来るから、もったいない。」と発言して私たちの眼をもっと高い次元に揚げてくれました。また、「うんこ」を薄めて水処理するより、固形物のまま発酵させ、肥料にするほうがいい、などの宇井氏の意識の外にいける発想でした。とても理にかなった発想です。


今回のブログは、拙著「東大えりいとの生涯学習論」(電子書籍)をもとにちょっと手を加えて作りました。その本の紹介は以下のURLです。

***出版案内***:http://d.hatena.ne.jp/iirei/20090329


1億人の環境家計簿―リサイクル時代の生活革命

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共生の時代―使い捨て時代を超えて

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今日の一句


蕗よ蕗
この真冬でも
喰えるとは


蕗(フキ)は春先に食べるものですが、この時期も、柄が細いとは言え、十分に美味しく食べられました。(2010.12.15)