「人間の血が通っています」
このフレーズは、日本生命のTVコマーシャルに出て来るもので、聞いたことがあるでしょう。詩を書いたのは詩人の谷川俊太郎。「この(金融)商品には、人間の血が通っています」というように、視聴者の情に訴えかけるものです。確かにその言いたいことは情にこだわる日本人の一人である私にも伝わりますが、これでは、アウトだ、と思うのです。

- 作者: 小藤康夫
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2001/06
- メディア: 単行本
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日本生命をはじめとする日本の生保、損保のコマーシャルを見ていると、ここであげた例を筆頭にきわめて情緒的な作品が多いことに気付きます。その金融商品が、具体的にどれだけ優れたものなのかを具体的に言わず、なにかの雰囲気のみ伝えることに終始しているように思えます。一方、アリコとかアメリカン・ホームダイレクトのようなアメリカの外資系の会社のコマーシャルは、あくまで具体的に補償の数字を示します。
このコマーシャル製作態度の違いは、やはり彼我の文化の違いによるのでしょう。欧米は契約社会です。契約書を交わす場合、あらゆるケースを検討して漏れのないように契約します。人間性悪説に立っているのでしょう。日本人社会の場合、悪いケースを想定することが相手に悪い、といった意識がまだ残っていて、綿密な契約書を結ばない傾向があるのではないでしょうか。人間性善説に立っています。
この2つの文化が、日本のあらゆる局面で衝突しているのです。金融ビッグバン、グローバル化、規制緩和・・・すべてがこの衝突を用意したのです。郵政民営化も本質的にはこのジャンルの問題です。
私は生保、損保には比較的無関心ですが、どちらの文化の商品を選ぶか、と問われれば、迷わずに欧米文化を選ぶでしょう。こちらが知りたいのは保険商品の具体的な補償内容なのであり、情緒ではないのです。それにしても谷川俊太郎も情けない詩を書くものですね。情緒に訴えかける詩を狙ったのでしょうが、私にはお笑いのネタにしかなりません。
私は実際、日本生命の営業部員と会ったことがあります。アルツハイマーになった父の生保上の、契約内容の問い合わせに対して、ちゃんと回答しなかったため、呼び出したのです。その営業部員は直接の担当ではありませんでしたが、日本生命の信頼性に対し不信感を呈示した私に対し「そんなことはないんじゃないですかァ」と極楽トンボないい訳をしたので、私はその営業部員を追い返し、契約も解除しました。なんというか、危機管理意識が希薄な営業部員でした。顧客からのクレームにこの反応なのですから。仮に、日本生命の社風全体がこの営業部員に代表されるものなら、間違いなく、外資に負けて倒産するでしょう。それはひとり日本生命だけの問題ではないことも当然です。
このブログとほぼ同一の趣旨の内容のものを含む過去ログがあります。より包括的な過去ログです。以下参照。
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20051217(←自信作!!)
今日のひと言:生命保険、損害保険は、人類の知恵の一つであることは間違いないでしょう。それはその制度を利用する側にとっての利益のみならず、生命、損害をネタに集金して運営・投資するという業務を生み出したことも含まれます。
なお、人間性善説に立つ日本に金融犯罪が多く、人間性悪説に立つ欧米・アラブで金融犯罪が少ない、という話を聞いたことがあります。