虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「県庁の星」を読み解く

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私がこの作品を知ったのは、ビッグコミックスペリオールに連載されているマンガ作品によってです。全編読んでみたいので、図書館で原作の小説を借りてきました。原作者は桂望実(かつら のぞみ)で、紹介文によれば1965年生まれ、大妻女子大学卒業で、会社勤務→フリーライターを経て作家になっています。幾分か、会社勤務の経験が生きているようです。(県庁の星:初版2005年9月20日)
 お話は比較的簡単で、1年間の予定で某スーパーに研修にきたエリート県庁職員・野村聡が、民間の駄目スーパーの実態を見、また自分の役人としてのアイデンティティーが崩壊の危機に晒されながらも、スーパーに働きかけ業績を挙げて県庁に戻るという粗筋です。スーパーのいろいろな人たちも登場しますが、高卒のパート、二宮泰子がひときわ重要です。上層部が無能な人たちばかりで、人事も含めスーパーの切り回しを任されています。野村と二宮の交流を軸に話が展開します。当初野村は現場より書類を重視する典型的な役人タイプでしたが、二宮に現場を見ることの重要性を諭されます。もっともこの種の問題は口で言い合っていてもダメで、野村は現場の恐さを身をもって知るのです。
 消費期限切れの食材を惣菜に転用している実態を知った野村は改善の書類を提出しますが、惣菜部をA,B2つの班に分け、消費期限内の食材のみ使ったお弁当販売A班の責任者にされます。野村なりにきばるのですが、どうしてもB班に業績が及びません。彼は現場を知るものならだれでも知っている事実を知らずにいたのです。その件についてのヒソヒソ話を聞いた野村はアイデンティティーが崩壊しかけますが、そこを根性で乗り越え、現場主義を受け入れるのです。そうなると、今度は野村が蓄積してきた書類運用=情報管理の知識も生きてくるのでした。
 野村の持つ情報管理術、二宮が教えた現場主義、この2つを得た彼は自己変革に成功し、スーパーも生きかえらせたのです。野村の成長物語であると言っていいでしょう。昔風に言うと「教養小説」ですね。
 以上に紹介したように、原作ははなはだ地味なお話です。マンガと比較すると、マンガの場合まず二宮泰子が若い美人として描かれています。原作ではむしろ中年でむしろブスのように描かれています。また、マンガでは二宮泰子と主人公がお互い恋愛感情を持っているようですが、原作では特にその辺は記述がありません。さらにマンガでは二宮泰子の子どもは小学生くらいに描かれていますが、原作では20歳の成人です。重要な改変点がいくつかあるのです。まず、スーパーという設定からして、マンガのほうは改変させられ、ハデな展開をしているようです。
それは脚色というものなのでしょうが、やはり読者の興味を引きつけるための改変なのでしょう。おそらく、映画の織田裕二柴咲コウも同じような理由から選ばれたのでしょうね。そこでDVDを借りて見たのですが、どっこい、DVDはかなり原作に忠実です。二宮は「二宮あき」という名になっていますが、野村と二宮が恋愛感情を持つというのは予想どおりです。二宮の息子が中学生くらいであることから、野村は20代後半、二宮が30代前半と読取れ、恋愛に不都合はありません。野村が現場の重要性を思い知る契機は、ちょっと違うとはいえ描かれています。ただ、原作を超えたな、と思われるのは、民間研修前の野村が巨大老人ホームの企画に関わっていて、派遣後、その職を解かれ、過大な計画プランが進行していたということです。これは時期も時期、北海道・夕張市財政破綻が表面化しはじめた時期と一致し、大変にタイムリーな設定だったと思われます。県庁復帰後、野村がこの過大計画に異論を唱えるというエピソードも描かれ、話に厚みが出ています。


今日のひと言:設定をちょっと変えるだけで、別物のお話になっちゃうことって、あるんですね。