中原中也・小林秀雄・長谷川泰子・・・奇怪な三角関係
中也といえば、「詩への架橋」(大岡信)に取上げられていた詩が好きでした:
羊の歌 安原喜弘に
(1)祈り
死の時には私が仰向かんことを!
この小さな顎が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来るものと思うゆえ。
ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!
私は大学時代、マンガクラブにいたことがあり、この詩の一部をマンガ作品に引用しました。
以上は「為才の日記」(http://d.hatena.ne.jp/izai/20100520
に投稿した私のコメントの一部です。この痛々しいほどの苦悶は中原ならではのものかと思います。
ところで、私は以前「世界史こぼれ話」(三浦一郎)という文庫シリーズで、後に評論家として大成した小林秀雄が東大の仏文科の学生だったころ、教官の辰野隆教授に「今、女と同棲しているので仕事をしなくてはならず、授業に出ている暇はありません」と強心臓にも言ってのけ、「バカ野郎、それではお前の実力のほどが解らんではないか」と試験を受けさせ、「このくらいできるなら、出なくてよろしい」と教授のお墨付きをもらったという逸話を読みましたが、この「女」というのが長谷川泰子だったのですね。いかにも生活力のなさそうな女性だな、とそのときは感想を持ちました。(名前は知りませんでしたが。)
長谷川泰子は広島に生まれ、女優志望で、中原中也とは京都で同棲を始め、彼の上京と連れ立って東京で棲み始めます。そこでいろいろな文士と知り合いになりますが、なかでも小林秀雄とも運命的な出会いをします。彼女・・・長谷川泰子は小林との同棲を選び、中原を見捨てます。ただ、彼女は極端なまでの潔癖症で、同棲していた小林を大いに苦しめたようです。泰子と小林の同棲はほどなく破綻します。これらの諸事件を小林は「奇怪な三角関係」と呼んでいるわけです。
その後も、中原はなにかと泰子の世話を焼き、中原にとって泰子は「運命の女性(ファム・ファタール:femme fatale:フランス語)」であり続けます。知人に夥しい数の、泰子に捧げる詩を託し、自分が死んだら泰子に見せてほしいと言ったそうです。
私は今「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」(長谷川泰子本人の自叙伝:角川ソフィア文庫)を読んでからこの稿を書いていますが、正直言って、彼女は周りの流れに身を任せるだけの、鈍感でつまらない女性かと思えます。その風貌は「グレタ・ガルボに似た女優コンテスト」で優勝しますが、所詮、他人に似ているだけの女優だったと思うのです。
また、彼女が男性に「さん」付けしないときは「関係がある」ことを暗に語っているようで解りやすいのですが。だから、中原中也は中原、小林秀雄は小林、山川幸世は山川(この男は泰子を妊娠させます)というように呼称するのです。これって私には何だか違和感があります。なにも呼び捨てにしなくても、と。美食家にして陶芸家の北大路魯山人(きたおうじ・ろさんじん)にもさん付けなしに書かれているので邪推してしまいます。普通の付き合いかたの人には、「河上徹太郎さん」とか「富永太郎さん」とか「さん」付けしているのです。
それにしても、「恋」の魔力はスゴイもので、中原中也は一生長谷川泰子を愛しつづけたのですね。その激しくも悲しい恋には同情してしまいます。(ただ、中原は別の女性と結婚しますが)
今日のひと言:曽根富美子さんのマンガ「含羞(はぢらひ) 我が友 中原中也」(モーニングコミックス)も、この「奇怪な三角関係」をテーマにしたマンガでしたが、このマンガでは力点の置き方が違い、中原の余りの才能に嫉妬した小林が、中原の宝物である長谷川を奪い取ったというふうに書かれています。中原を愛する小林が、中原にキスする、というエピソードもあります。なんだか「ボーイズラブ」ぽいです。そして、全2巻のうち2巻目では中原は「道化じみて」描かれます。話のおしまいのほうでは、長谷川泰子は登場せず、中原と小林が連れションしていて、いつしか中原は消えるという風に終わります。
一つの事態にも、いろいろな見かたがあるのだなあ、としみじみ思います。
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