虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

マンガ原作者・梶原一騎の功罪

梶原一騎シリーズ その2(完)


 梶原一騎(かじわら・いっき)といえば、いわゆるスポ根マンガ・・・スポーツ根性マンガの原作者としてよく知られています。数え上げれば、「巨人の星」(野球)、「あしたのジョー」(ボクシング)、「柔道一直線」(柔道)、「アニマルワン」(レスリング)、「タイガーマスク」(プロレス)、「赤き血のイレブン」(サッカー)、「空手バカ一代」(空手)、「柔道讃歌」(柔道)、「侍ジャイアンツ」(野球)、「紅のチャレンジャー」(キックボクシング)など、ほとんどの男の子が興味を持ちそうなマンガの原作者でありました。その略歴はwiki梶原一騎」から


梶原一騎(かじわら いっき、1936年9月4日 - 1987年1月21日)は、日本の漫画原作者、小説家、映画プロデューサー。本名は、高森 朝樹(たかもり あさき)。高森朝雄(たかもり あさお)の筆名も使用した。格闘技やスポーツを題材に、男の闘う姿を豪快に、ときには繊細に描き出し、話題作を次々と生み出した。自身の型破りで豪快な生き方や数々のスキャンダルでも話題を呼んだ。


1966年から『週刊少年マガジン』に連載された漫画『巨人の星』の原作者として名声を上げ、以後『あしたのジョー』(高森朝雄名義)、『タイガーマスク』など、所謂「スポ根もの」分野を確立した功績をはじめ、多くの劇画・漫画作品の原作者として活躍した。


梶原作品には際立った特徴があります。


1)主人公が両親そろった円満な家庭の子ではないこと。これは、ほとんどの梶原作品に共通する特徴です。


2)支援者が主人公の成長を見た後、敵に回る。これは「巨人の星」「柔道讃歌」に見られます。
  特に「巨人の星」では、父・星一徹は息子・星飛雄馬の選手生命をも危うくするような行動を取ります。


3)必殺技がじゃかじゃか登場すること。有名なところでは「巨人の星」の大リーグボール1、2、3号。「侍ジャイアンツ」のハイジャンプ魔球、分身魔球。「柔道一直線」の地獄車、二段投げ。「赤き血のイレブン」のサブマリンシュート、フォークシュート、ハヤブサシュート・・・数えればこのような必殺技がないような梶原作品は希です。


4)主人公は死亡するか、選手生命が絶たれる。「タイガーマスク」は不慮の交通事故で死にますし(これはマンガの結末。アニメは敵のボスキャラを超絶的な反則技で殺します)、「巨人の星」の星飛雄馬は大リーグ3号で左手が破壊されます。「紅のチャレンジャー」では敵のガルーダは死亡、紅闘志也は再起不能になります。「侍ジャイアンツ」の番場蛮はマウンドの上で死にます。

(以上、一部wiki 「梶原一騎」を参照しました。)


これらの特徴から、むしろ梶原一騎の心象風景が垣間見えます。ていうか、はっきりと解ります。男の子たちは、これら梶原流・ワンパターンのマンガ作品に喝采したのです。


私が東大マンガクラブにいた時、あるクラブ員が「梶原のおかげで日本のマンガの進化はそうとう滞った」と言っていました。いろいろな進化の可能性のあるマンガを、個人的な美意識で悪いほうに導いたというのです。例えば、梶原は「野球マンガは「巨人の星」で描きつくしたと思っていたが、まだ書き残している部分があったので「侍ジャイアンツ」を描く気になった」と言っていましたが、出来上がった作品は、「巨人の星」の縮小再生産たる作品になってしまい、お世辞にも優れた作品とは言えませんでした。


野球マンガで「巨人の星」とちがった路線で大成功したのは、水島新司の「ドカベン」、ちばあきおの「キャプテン」などで、梶原路線でなくても傑作は出来るのです。


今日のひと言:マンガの神さま・手塚治虫氏は、梶原のマンガ作品のどこが面白いのか?とアシスタントに問うていたそうです。また、手塚氏は基本的にスポ根マンガは描きませんでした。梶原と比較されるのが嫌だったのでしょうか?


梶原一騎伝 夕やけを見ていた男 (文春文庫)

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マンガの描き方―似顔絵から長編まで (知恵の森文庫)

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今日の一句


あら をかし
私を射るや
ルドン」の眼



オディロン・ルドンは、フランスの象徴主義に属する画家です。初期には版画とか炭絵とか、無彩色な絵を得意としていて、特に巨きな眼のある絵を好んで描いていました。絵は「眼=気球・1878」(wiki より)


http://d.hatena.ne.jp/honmado/20130611  :コラージュ


によりルドンのことを思い出しました。

  (2013.06.22)