虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

三顧の乱

 古代中国特集その2
ここでいう古代中国とは、春秋戦国時代から唐代までを指します。
 諸葛孔明劉備に仕える際、劉備が3回、孔明の庵を訪れたというのは有名なお話であり、これは美談とされ
ます。いわゆる「三顧の礼」です。私はこう思う――2顧くらいで手を打てばよかったのに。あるいは最後まで臣下になるのを拒めばよかったのにと。
 易経(えききょう)の原則として「再三は穢れる」という言葉もあります。孔明は3回目の訪問で劉備に仕えることを決定したのだから、これは孔明の負けなのではないでしょうか。
 1回目(奇数)は相手(劉備)の素性がわからないのだから、断って当然でしょう。2回目(偶数)ならそれまでに相手を調べる時間はあったろうし、どちらが上ということもなく会談できたでしょう。3回目(奇数)は劉備にとって有利な条件、つまり孔明を臣下にすることが出来るのです。これが2顧に留めておいたほうが良かった根拠です。以上、数字の魔力の解説。
 そもそも劉備は無能な人物ですし、それに比しライバルの曹操は有能です。

 孔明曹操に仕えればいいものを劉備に使え、曹操と戦おうとしたわけです。その際、持ち出したのが「天下三分の計」――これは効を奏したわけですが、当時の中国人の人口は、戦乱のため激減しました。
 孔明は「目立ちたがり家」の「お坊ちゃん」であったと私は思います。自分と同等くらいの能力の者と共同作業をするべきだった。何回来ようが劉備に仕えるのは断るべきだったのです。私は孔明の愚行を評して「三顧の乱」と呼ぼうと思います。


今日のひと言:無能なのに人材がまわりに集まるという現象はしばしば見られる。漢の祖・劉邦しかり、劉備しかり。漢民族はそのような美徳を持っているように思える・・・むしろ私には悪徳に映るが。そういえばアメリカの鉄鋼王カーネギーもそんなやりかたで成功したようだね。