虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

軍師・范蠡:ハンレイ

 *軍師・范蠡;(ハンレイ)
      古代中国特集 その1
   ここで古代中国とは、春秋戦国時代から唐の時代までを指します。
 中国戦史の中で特別に面白いのは、漢楚の戦い項羽VS劉邦)でもなく、三国志曹操VS諸葛孔明)でもありません。それは紀元前6世紀から5世紀にかけて争われた呉越の争いです。
 呉(ご)と越(えつ)は当時中国の後進国でしたが、この2国の勝者・越が中原に覇を唱える(中国を支配する)ことになりました。
 呉の王は夫差(フサ)、越の王は勾践、いずれも意志の弱い凡庸な王でした。その2人を盛り立てたのが呉で伍子胥(ゴシショ)、越でハンレイでした。
 ゴシショは本来楚の人でしたが、楚王の非道を恨んで呉に亡命しました。その恨みを晴らすために越王に謁見しました(まだコウセンの代ではない)。越王:「私怨のために兵を貸せるか」その場で自刎(自ら首を刎ねること)しようとしたゴシショにたすけ舟を出したのがハンレイでした。ゴシショは越の兵を借りて行く。越王:「見ろ、みすみす兵を掻っ攫われてしまったではないか。」ハンレイ:「なに、これで10年の平和が買えるなら安いものです。呉が戦っているうちに、あのはなたれ小僧どももいっぱしの兵士になりますから。」 越王:「ハンレイ、お前という男は・・・」その後、越に不利な状況になったとき、この「貸した兵」をネタにその状況をひっくり返すのです。
 なお、ハンレイの同時代人としては孔子孫子がいました。孫子は呉の軍師でしたが、ハンレイは孫子の兵法を理解し、孫子をあざむいて勝利を得ます。また孔子の使者の子貢の言で呉との最終戦を決意します。そしてあらゆる策略を駆使し見事に勝利を収めたあとは、コウセンの慰留を振り切り出国して名を2度変え、大富豪になります。ハンレイは、処世の天才と言ってもいいでしょう。私から見ても、魅力的なキャラクターです。
 なお、ゴシショは悲劇的な最期を遂げます。フサに死を賜ったゴシショは自刎して果てます。「おれの両目を城門に掛けておけ。呉が越に滅ぼされるのを見届けるのだ」と言って。実際にそうなるのですが・・・ハンレイは一回目の改名で「鴟夷子皮(シイシヒ)」と名乗りましたが、これはゴシショの遺体が皮(シイシヒ)に入れられ長江に投げ捨てられたのを教訓にしたのでしょう。最後に陶朱公(トウシュコウ)と名乗ります。

**変換できない漢字が多くて苦労しました。

今日のひと言:いくつ知っているかな?
       呉越同舟顰(ひそみ)にならう臥薪嘗胆死屍を鞭打つ日暮れて道遠し
       会稽の恥

参考:マンガ「呉越 燃ゆ」画:久松文雄  作:久保田千太郎  講談社