虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

DO NOTHING   都市工学の核心 その1

タエコ

*DO NOTHING   都市工学の核心 その1
  (今日から3回、森下の私家版「エリートってなあに?――東大生の学習体験」から、取って置きのお話をします。
         理不尽な仕事
 私は結構傲慢な人で、恩師のことを「先生」とは殆ど呼びません。でも、間違いなく「先生」と呼べる恩師を持っています。この項では、その人の話を書こうと思います。
 自主講座に出入りしていた頃、宇井純氏(都市工学科助手)にある仕事を課せられました。それは、自主講座とは直接には関係のないグループのために、日曜日、都市工学科の教室を借りてあげることでした。一読、簡単なことのように見えますが、さにあらず、大変な仕事なのです。まず、宇井氏と自主講座は、東京大学にとって「獅子身中の虫」であり、その活動は大学にとって迷惑でした。だからなるべく教室を使用できなくするよう事務手続きが煩雑にされていました。たとえば駒場(目黒区にある教養課程キャンパス)でなにか講座を開きたいときには、1人の教授のはんこと事務のはんこの2つをもらえば手続き完了です。ところが、本郷(文京区にある専門課程キャンパス)では、都市工学科の教授のはんこ、工学部を代表する教授(3ヶ月交代制)のはんこ、都市工学科事務長のはんこ、工学部事務長のはんこ、大学事務長のはんこの5つをもらわなければ、講座が開けません。さらに、はんこを押した教授は、講座開催期間中、同席しないまでもキャンパスに居らねばなりません。平日でもこの煩雑さです。すべて、自主講座対策です。さて、その上で、日曜日に教室が借りられるでしょうか?そんな絶望的な状況下、私ははんこを貰いに奔走しました。
 勿論、都市工学科の教授、助教授がたには、手当たり次第にアプローチしました。でも、もともと宇井氏を良く思っていない人ばかりなのに上乗せして、そんな彼らを日曜日にも大学に拘束しなければならないのです。はんこを押してくれるわけがありません。都市工学科のボス的な立場のV教授いわく:「宇井純はほんとは教授になりたいのだ。その野心が見え見えではないか。君のように自主講座に出入りする都市工生は10年に一人位いるけど、利用されているのが解らないのか?」私はそれには答えませんでした。さらにV教授:「私も学園闘争に参加したんだよ」私:「へー、先生もゲバ棒をふりまわしてたんですか?」勿論、V教授が学生運動を抑える立場だったのを承知で切り返したのです。結局はんこはもらえず、別れ際、V教授は「また来い」と仰られました。それなりに私を評価してくれたのでしょう。私は「もう、来ませんよ」と返しました。
 H助教授は、「学生にこんな仕事をやらせるとは!宇井は何を考えているのだ」と憤慨しました。反応は色々でした。
 宇井氏は、煩雑な手続きなどは、大学の勝手な取り決めなのだから、無視すべしと言う立場でした。ところが、機械工学科の朝田教授は、「何をやっても良い。何はともあれ、手続きは守れ」と諭してくださいました。以上の結果を持って宇井氏に持っていったところ、大喧嘩になりました。私:「僕は、こんな下らない仕事など受けたくなかった!また、手続きはちゃんと踏むべきだと思います!こんな講座、止めたらどうですか!」宇井氏:「君も東大生にすぎなかったか。(当時の東大生に否定的だった宇井氏らしい皮肉です)」私:「決まってるでしょう、僕は東大生ですよ(むしろ東大生であることに誇りを持って)」このやり取りを聞いていた件(くだん)のグループのリーダーいわく:「宇井さんと正面切って喧嘩できる奴がいるとは思わなかった。」なにはともあれ、なんとか教室は使用許可になり、講座は開けたようです。(私は出席しませんでした。)細かなことは覚えていません。ただ、宇井氏に課されたこの理不尽な仕事は、それ以降の仕事も含めて、工学部の色々な教授たちと交渉することで、私の顔と見識を広くしてくれましたし、何かの行動を起こす際に、手続きを踏むことが重要だと言うことを教えてくれました。

* *自主講座:学園闘争の時、都市工学科の学生、院生が工学部8号館302号教室を占拠し、解放区にしたことから始まった、主として「環境問題」を考えるグループの集合体。いわゆる新左翼とは一線を画する。


今日のひと言:「り、りっぱな しょぼい人のお話」
       話がりっぱなのである。