虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

画家・ボッシュ〜〜時代の交差点で

 ボッシュヒエロニムス・ボッシュ:Bosch)をご存知ですか?彼は中世から近代へのハザマで活躍した画家です。オランダの画家「オランダ語でBos、これは通り名で本名はHieronymus Van Aken(ヒエロニムス・ファン・アケン) と言います。1462?−1516と、生年未詳の人です。ちょうどイタリアではレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452−1519)の活躍した時期と重なります。


 この時期の大きな事件として、ルネッサンス宗教改革が挙げられると思います。グーテンベルク(1400?−1468?)の活版印刷により1453年ころ、活字体の聖書が世に出されます。それまでの聖書は部数を増やそうと思えば手書きで一字一字書き写さなければならなかったのですが、グーテンベルクの発明はその手間を大幅に省略でき、そしてそれまでは教会に出向いて神父さんの「あり難いお話」を受動的に聞くしかなかった大衆が、自宅で個人個人が聖書と一対一で向き合うことが可能になったのです。


マルチン・ルター(1487−1546)がローマ教会の「免罪符」に反発して、宗教改革を唱えたのが1517年のことです。(高校の世界史では「一語否(一・五・一・七)・ルターは叫ぶ改革を」として覚えました。


 ボッシュは、このような時代背景のもとに活躍した画家ですが、残念ながらあまり資料が残っていません。同じオランダの後輩画家ピーター・ブリューゲル(1568−1625)には、かなり記録が残っていますが、この両者の間の一世紀にはなにがあったのでしょう?私はいま「Art du Mond 4」「Bosch/bruegel」東野芳明・河出書房・・・という本を紐解いていますが、なにかの理由で活字に乗らなかったのではないかと推測されています。残された作品は30点ほどと、あまり多くはありません。


 では、私的に優れたと思われる作品を二つ。


まずは、大作「悦楽の園」。この絵は3枚からなる屏風絵のような作品であり、「アダムとイブの楽園」・「堕落した人びとの楽園」・「地獄」です。1:2:1の割合の紙幅で、中央の絵を取り囲むようにたためます。そのうち「地獄」の絵が特に光ります。全体的に変な群像図で、右には鳥のような顔をした悪魔が頭から人間を食べていて、その排泄物にやはり人間が出てきていて、肥溜めに落とされようとしています。昔のハード・ロックが好きな人には、ディープ・パープルのアルバムのジャケットに使われているということに気が付かれるかも知れません。


 もう一つは「十字架を担うキリスト」。絵の中央に十字架を担がされて悲しい表情のキリストがいますが、この絵の見所は、むしろキリストを取り巻く人たちの表情と感情です。顔を逸らし、キリストを正視できない婦人、怒った人物、無表情な人物、あざける2名とそのあざけりに激怒する人物・・・多様な人物像です。この作品は、あの世の地獄ではなく、この世の地獄を活写していると言えるでしょう。この本の注釈者によれば、ボッシュの創作態度は、後世のマルキ・ド・サドD.H.ロレンスの世界を先取りしているとのことですが、私はシュルレアリスムにも近いものを感じます。


人間の想像力は、苦しいことにはいろいろ巡らされても、楽しいことにはあまり巡らされないようです。実際、仏教徒の描く極楽はすぐに飽きちゃうと思われるのに、地獄の場合、あらゆる苦痛を与える場を思いついちゃうのですから。とても飽きるとは思えないですね。


 ボッシュの場合も、そんな感じがします。彼は、キリスト教が中世から近代に移り変わっていく過程において、天使よりは、より悪魔に魅了された人物であった・・・つまり正統的なキリスト教から見ると、異端の画家だったのかも知れません。



今日のひと言:ボッシュが再発見・再評価されたのは20世紀に入ってからだということ。それまではどこかの書庫に眠っていたのでしょうね。もちろんその背景は、現代という時代とそれを乗越えて到達できる新しい時代の葛藤があり、それがちょうどボッシュの生きていた中世が近・現代の相克に似ていることから、ボッシュの絵から近・現代の問題を解決するヒントや答えを見つけたいと思うためでしょう。




今日の一句


薄白髪
雪をまといし
赤城山


 赤城山は、標高1900m程度で、雪が降ってもすぐ溶けてしまうのですが、その様を「薄白髪:うすしらが」としました。

  (2012.03.17)




今日の一首

丈足らず
草に覆わる
アイヌネギ


今年も生えたる
無垢なる姿


アイヌネギとは北海道の人が呼ぶ名称で、本州では「行者ニンニク」というほうがポピュラーです。ほおっておくと、他の植物に負けてしまうので、ケアが必要です。

    (2012.03.18)

ヒエロニムス・ボッシュ (パルコ美術新書)

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ヒエロ二ムス・ボス (ニューベーシック)

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