この本は面白い。よく太平洋戦争当時の海軍事情を調べて書かれています。
お話は「零戦」の戦場における歴史を縦糸、あるパイロット(搭乗員)の歴史を横糸に描かれています。
このパイロット――宮部久蔵の消息を追いたくて、孫に当たる姉弟、佐伯麗子(フリーライター)、佐伯健太郎(司法試験浪人生)が、宮部の当時のまわりにいた海軍軍人にインタビューをしてまわるという設定で、この2人はちょうど狂言回しのような役割を演じています。ただ、祖父と姓が違うのは、宮部が特攻で死去したあと、祖母が他の人と再婚して宮部姓でなくなり、一人娘が人に嫁いだからです(男の子の子供は宮部にはいなかった)。
さて、日本海軍の誇る「零式戦闘機」は、太平洋戦争の開戦当初は、攻撃力といい、航続時間の長さといい、アメリカ軍の戦闘機を凌駕していて、無敵でしたが、この戦闘機にはパイロットの生命の安全を図るという意識は薄く、命の安全を図ったうえのアメリカの戦闘機に次第に追い詰められていきます。グラマン6F6、P51などの新規戦闘機は、銃弾を受けても持ちこたえられ、また、「VTヒューズ」あるいは「近接信管」という兵器を開発していて、これは戦闘機に命中せずとも、10数メートルの近くに敵機があれば爆発するというもので、アメリカのパイロットたちは、日本のゼロ戦を面白いように撃墜するさまを「マリアナの七面鳥撃ち」と呼んでいたそうです。
「VTヒューズ」は、アメリカがマンハッタン計画(原爆製造計画)と同じくらいの資金を投入して開発した軍事技術であったとの記述がこの本で明らかにされています。アメリカ軍がいかに防御兵器に力を入れていたか、わかるというものです。
ところで、海軍上層部は、もはや時代遅れになったゼロ戦でなにを企図したかというと、兵法上は「外道:げどう」とされている「特攻」=神風特別攻撃隊です。もちろん、ゼロ戦に爆弾を括りつけ、敵の空母に体当たりするというもので、「パイロットは必ず死にます」。これは「必死」ということばの本来の意味で、「決死」とは違います。決死は死を覚悟すれども、帰り道もあるという戦法です。もはや、「必死」(=生還の可能性のない)の作戦しか立てられないのであれば、戦争は降伏すべきなのです。
海軍の幹部・宇垣纏(うがき・まとめ)という人に、「敵艦に爆弾が命中したら、帰還していいか」とあるパイロットが質問したところ、宇垣は言下に「ならん」と答えたそうです。このように、戦争末期の海軍首脳は、パイロットを殺すための目的で特攻を命じていたのです。狂気の極致です。
ある意味、ゼロ戦は消耗品であり、乗員の安全は二の次にされていましたが、そのパイロットも消耗品扱いされていたようで、さもなければこんな外道の作戦など立案しないでしょう。
さて、主役の宮部は、真珠湾、ラバウル、九州と、激戦地を点々としますが、彼の評価はおおむね上官からは「臆病者」、おなじ階級の人からは「腕がよい」、学徒出陣の予備学生たちからは「優しい」とされていたようです。でも、上官は宮部の態度が気に入らなかったらしく、特務将校(少尉)になって、特攻の指導に就いていた宮部も、特攻要員にしてしまいます。そこで彼が同僚の一特攻要員に取った行動は、究極の「優しい」選択でした。感動します。そして宮部は、アメリカ軍も思わず賞賛するほどの特攻をして、(ただし爆弾は爆発せず)アメリカ軍によって「海葬」に付されました。
「永遠の0」の333Pに、以下のような元海軍兵士の述懐が出てきます。
「我々の中には天皇陛下のために命を捧げたいと思っている者など一人もいなかった。」
官僚組織かつ強固な階級社会でもあった海軍の犠牲者の主張です。登場人物の一人はだから、「特攻はテロリズムだ」という佐伯麗子の同僚の発言に、猛烈な反撃をし、同僚は会談の場から退出します。イスラム原理主義者のテロリズムとは一緒にするな、という主張です。
なお、インタビューに答えた面々は、戦後いろいろ苦労したようで、なにより苦しかったのは、「国のための特攻要員であったのに、戦争が終わってみれば戦犯扱いする」大新聞と民衆だったそうです。宮部について語った人には、戦後、それぞれ会社社長、議員、ヤクザとなった人などがいますが、それぞれ苦労の結果その職業に就いたのですね。
今日のひと言:この本を図書館で借りるのに、8人待ちでやっと読めたのですが、それだけの価値はある一冊でした。
「永遠の0」百田尚樹(ひゃくた・なおき)2006初版・太田出版
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今日の一首
ペーパーの
私のために
ドライブし
我が弟よ
感謝するぞよ