虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

回転すし屋におけるネタの変遷

iirei2007-01-08

*回転すし屋におけるネタの変遷
      こはだ粟漬け →
 2006年末、スーパーで「こはだ粟漬け」という食材を買ってきました。粟(あわ)の黄色い色が目を引いたからですが、これをインターネットで調べてみたところ、江戸前ではポピュラーな「おせち料理」である、ということでした。(私は群馬在住。)元々は、発酵食品・なれ寿司の一種で、米のかわりに粟を使って漬けたのが最初ですが、現在では酢に漬け、あとで粟をまぶして作っているようです。
 そういえば、「コハダ」は確かに江戸の香りがします。ここに「神田鶴八鮨ばなし」(師岡幸夫:草思社)という本があります。以前NHKが「イキのいい奴」という寿司職人の修行物語を放送していましたが、師岡さんは、そのモデルとなった人です。
 この本の中で、江戸前一人前の寿司ネタ構成の話があります。寿司ネタは、あたかも野球のポジションのように、過不足なく構成されるそうで、基本的に以下のようにするそうです。
① 赤身の魚・・・マグロの赤身
白身の魚・・・ヒラメ、タイ
③ 魚でも貝でもないもの・・・イカ(タコは使わない)
④ 煮たもの・・・アナゴ、シャコ
⑤ 光りもの(酢でしめたもの)・・・コハダ、サヨリ
⑥ 海のものでも山のものでもない、生でなく煮ていない・・・タマゴ
⑦ 頭もの(扇の要)・・・赤貝、エビ
⑧ 海苔で巻いたもの

これが基本だということです。だから、イクラ軍艦とか納豆巻きとかは、メニューに入れないのです。結構基準が厳しいのですね。ましてやアボカドの握りとか馬肉の握りなど、江戸前寿司にはありえなかった。ラーメンとかテンプラとかをも出す回転すし屋について師岡さんは何とおっしゃるでしょうか。

 回転すし屋にたまに行っていて最近気づいたことですが、この基本構成のうちの⑤光りものがメニューにない店が増えて来ています。そのかわりにトロ、エンガワなど、脂っこいネタが大人気のようです。もともと、トロというネタは以前は食べずに捨てていたものだと聞きますし、マグロといえばそれは赤身を指していたわけです。第二次大戦で負けて以来、アメリカを真似て食生活の欧米化が進み、脂肪分の多い食材が良しとされる風潮は、寿司の世界にも浸透しているのですね。その分、淡白な素材が嫌われている傾向があるわけです。私はコハダとかサヨリとかは好きですけどねえ。
 そのコハダは、いわゆる青魚、イワシ、アジなどの仲間で、コノシロともいいます。「この城」を食べる、ということで武将にはこの呼び名が嫌われ、コハダというようになったとか。小骨の多い魚ですが酢でしめることにより小骨が柔らかくなると言います。
 江戸前寿司には欠かせないどころか、お終いに食べるネタとしても有名です。江戸前を代表するネタだったのですね。そのコハダが回転すし屋から消えていくのは淋しい限りです。コハダなくして、何が寿司屋だ。大味なトロには見向きもしない私です。


 今日のひと言:昔の寿司職人修行は口ではなく拳骨で教えたようです。「イキのいい奴」には、そんな親方の愛情が描かれています。弟子が独立して、開店祝いに来た親方、コハダの握りを注文します。そして言うには「気にいらねえ。」弟子が「どこがですか?」と問うと、「オレが握ったのでないのが気にいらねえ。」
――なんとも麗しい景色です。


・・・なんて言いつつ、寿司は、回転すし屋を通して、若い層にも浸透している。この点、ウナギやテンプラよりも次世代まで受け継がれる可能性が高いと思われます。