政治ジョークの切れ味(ソ連・東欧)・オヤジギャグはNG
毎週だいたい木曜日に発売される週刊誌「週刊文春」と「週刊新潮」、私はだいたい「週刊文春」は買いません。というのも、記事の絶対数が少なく(つまり取材をあまりやらない)、その代わりに多いコラムについて、超くだらないコラムを書くコラムニストが、林真理子、椎名誠、先崎学などを筆頭に綺羅星の如く名を連ねているからです。そして、最近これもつまらなくなってきた(恐らく相次ぐ名誉毀損訴訟に負けて、取材費が捻出できないと思われる)「週刊新潮」の代わりに「週刊文春」を買ったところ、これら輝けるコラムニストの一人として、超新星が出現していました。(06.11.9日号)その名は「劇団ひとり」。
なんでも、政治のことをあまり知らない「劇団ひとり」、必死に政治にまつわる(彼なりの)ギャグを披露していましたが、その悪戦苦闘の中で「政治ジョーク」について言及していました。そして言うには
「くだらない政治ジョークに笑ってしまわないことはもちろん、最終的には自身で政治ジョークを言えるぐらいの知識を手に入れることが目標です。いつか皆さんに披露する日がくると思いますので、お楽しみ。ちなみに現在の僕ができる精一杯の政治ジョークは「総理が髭ソーリ」です。」(103P)
「劇団ひとり」さん、あなたのギャグは「政治ジョーク」ではなく、「オヤジギャグ」ですよ。しかもオヤジも言わない陳腐なギャグです。
「劇団ひとり」がどこまで本気で「政治ジョーク」を知っていてとぼけているのか、または知らないのか、私は知りませんが、二つ言えることがあります。①私は「劇団ひとり」のコラムはもう決して読まないだろうこと(無知なら読む価値はないし、三味線を弾いているのなら傲慢不遜だからです。)②「劇団ひとり」がTVに出ていたら、チャンネルを変えること。なにかの話題を取り上げるのなら、ちゃんとリサーチしろよ。これから、哀れな「劇団ひとり」のために、「政治ジョーク」がなんたるか、レクチャーしましょう。
以下あげる4つのお話は「スターリン・ジョーク」(平井吉夫:河出文庫)から引用しました。
①監獄で三人の囚人が話していた。
「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ」と一人が言う。「工場に五分遅刻したもんで」
「そうか」と二人目。「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑だ」「そんなの大したことじゃないよ」と三人目。「おれなんか、時間きっちりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。おれの仕事熱心は、共産主義に対する敵対行為の隠れみのだってね」 (51−52P)
②ラコシ政権のもとで、“非生産的分子”は首都を立ちのかされることになった。この処置は主として老人に適用された。
ある日、ラコシのもとに、年老いた昔の小学校の先生が訪ねてきた。ラコシは、先生が自分を覚えていてくれたことに、いたく感動した。
「お役に立てそうですな、先生」と独裁者は親切に語りかける。「立ち退きの件なら、どうか御心配なく」
「いいや、そんなことは、どうだっていい。わしはもう年寄りだし、どっち道、そう長くは生きられん。たった一つ、お願いがあるんじゃ。わしが、あんたの先生だったってことを、だれにも言わんでほしいんじゃよ」 (108P)ラコシはハンガリーの独裁者。
③カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは、本当に科学者であろうか?
ちがう。本当に科学者なら、社会主義を、まず動物実験していたであろう。 (213P)
④ロストックの魚介食品加工コンビナートの職場集会。
「資本主義の本質はなにか?」と講師は問い、かつ答える。「資本主義の本質は、人間の人間による搾取である!」
質問。
「それでは、共産主義の本質はなんですか?」
「その逆である!」 (238P)
特に典型的なジョークを選んでみましたが、どれも苛烈です。政治ジョークというのは、時代・人物を変えてのヴァリエーションがあるようですが、ソ連・東欧の政治ジョークは中でも苛烈だなと思います。そうなる理由として、「共産主義」という巨大で抑圧的な政治体制がいかに酷いものであったか、によります。
①では、「どうやったって逮捕・収監」される労働者の姿が、いくぶんかの自嘲とともに描かれています。②では、共産圏の独裁者がいかに庶民に嫌われていたかが解ります。③では、「社会主義」「共産主義」がなんの検証もなくいきなり人間社会に適用された理不尽が語られます。マルクスたちは自分たちの思想を「科学的社会主義」と呼んでいましたが、実際にはマルクスたちが蔑称として従来の思想家たちの思想を呼んだ「空想的社会主義」と言えるものでしかなかったのでしょう。
④このジョークでは「共産主義」の欺瞞だけでなく「資本主義」の欺瞞も同時に語られます。資本家・労働者、どちらに重点を置いても「人間の人間による搾取」が起きる社会体制になります。現在の日本でも、資本家を極端に優遇する「新自由主義」政策のもと、派遣社員の問題、格差社会の問題もろもろが起きています。さらにはホワイトカラーを狙い撃ちにした「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入が検討されていますね。これらはまさしく「人間の人間による搾取」です。共産主義でも同じことで、中国の経済成長を支えているのは中国内陸部から来る貧困層です。彼らを安い賃金で搾取して上海など臨海部の人たち(総人口の4%程度。それでも4000万人もいる)は繁栄を謳歌しているのです。④のジョークを考えた人は、「どんな政治体制でも、我々は搾取される」との諦観を持っていたと思われるのです。
今日のひと言:政治ジョークを作るには、正確で諦観さえ伴った、冷徹な知性が必要です。ダジャレのレベルのものではありません。解ったかな、「劇団ひとり」くん。