虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

ゴミ屋敷の主

MIXIでの、私のページから引用・編集しました。)
よく、テレビニュースで「ゴミ屋敷」の話題が取り上げられます。今年の5月30日にも、TBSテレビでゴミ屋敷の主(あるじ)が登場していました。
 報道された映像を見て、私は以下の点を確認しました。
1)ゴミを拾う際、拾ったあとでの用途は考えていない。
2)ゴミと本人のアイデンティティーが重なる。
 実は私は、ゴミ拾いが趣味のひとつでありまして、これまでにも、書籍、家具、落ち葉、
コンピュータなどを拾っています。(落ち葉は肥料にする)ただし、その物の用途がわからないものは、拾うことはありません。ところが、ゴミ屋敷の主は、用途というものは考慮せずに拾って来ては、家の中、また家のまわりに積み上げていくわけです。
 また、アイデンティティーという言葉ですが、深く考えればまるまる一つの心理学が構築できそうですが、ここでは「自己同一性の確認」とでも言っておきますが、ゴミ屋敷の主は、ゴミに自己を投影するのですから、ゴミは単なるゴミではなく、主自身であることになるわけです。そっとしておいて欲しい主は、家のまわりのゴミについても、そっとしておいて欲しいのだ、ということになりますね。↓のHPは、脳の機能障害者としてゴミ屋敷の主を捉えたものです。参考までに。それで全てのゴミ屋敷の主が語れるとも思いませんが。
http://am.tea-nifty.com/ep/2004/12/hoarders.html
Q:ゴミって主にとっては、物であり、美なのかも?子供が釘とかネジとか拾うように、何でも使える物なのでは?何かに使えるとか思って拾って捨てられなくなっているのでは、ないでしょうか!これは私の考えであります、捨てられない。そのくりかえしでは。失礼しました。
A:Qさん、こんにちは。ゴミ屋敷の主が集めたゴミの映像を見ると、ゴミ回収袋に入った一般ゴミも拾っています。だいたい包装材とか紙くずなどが入った袋で、私はこのゴミについては「焚きつけ」以外の用途は見出せません。まあ、ナベとかイスなら実際的な用途は発見できるので私は拾いますが。ゴミ屋敷の主は、実際にどう使うかという視点がないまま、使えると思ってゴミを拾っているのでしょうね。



今日のひと言:私も我が家も混沌状態。ほとんどゴミ屋敷ですが、捨てるブツはまれです。
  

ぼくの家はゴミ屋敷!? (おはなしの森)

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