虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「無」(道家)と「空」(仏教):哲学用語の受容と変容+「士為知己者死、女為説己者容」



「無」(道家)と「空」(仏教):哲学用語の受容と変容


仏教がインドから中国に伝えられたとき、「空」という概念が、大変難解で、中国人はたいへん悩みました。その時、自分たちの文明にもこの「空」と同じように難解な概念があったことに思い至りました。それが老子荘子に代表される「無」というものだったわけです。


傍から見ると、どっちも難しいのは同じでしたが、中国人は、「空」を「無」に絡めて解釈することで、一応の理解を得たのでしょう。中国人たちはそのようにして仏教を受容したのですね。


私は、きっぱり、仏教の門外漢ですが、漢字の語源を辿ることで、この2つ「無」「空」を迫っていきます。(今回ブログでは、下記の図が考察のキーになります。)



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まず、「無」について、『漢和大辞典』(藤堂明保:学研)を見てみますと、“舞”と同義とでていて、飾りをつけて踊る人物を象っているとされます。藤堂氏は、「単語家族説」の論者で、「無」が「mu」だとすれば、舞は「bu」なので、音が似ていることから、この解説はいかにも藤堂氏らしいな、と思われます。でも、私としては、あんまりスカッとしない、ぼやけた解釈だと思わざるを得ません。


iirei.hatenablog.com



では、ということで、漢和辞典の古典である『大字典:講談社』ではどうか、というと、比較的、私のイメージに近い解釈が出てきます。それが図1。複雑ですが、説明されれば、案外簡単です。形声文字で、「大」「廿」「廿」「林」の4文字を結合させた成り立ちです。「廿」は、20とも読みますが、2つ併せて「非常に多数」といったことを意味し、全体として「木が大いに繁茂する」という意味になります。


ここで注目したいのは、この字典の場合、「無」がレッカ(横に4つの点が並ぶ)「火」という部首に分類されていることです。木が多い・・・それは森林火災という災害を想起させるに十分です。もし、それが起きれば、林、森は「灰燼に帰す」・・・「灰」になってしまい、それこそ正に「無」と言う状態になるわけです。そもそもはと言えば、林、森自体が普通の人にとって、さほど利用価値のない自然なのかも知れません。焼けても焼けなくても、「森林は、人にとって無価値なものなのかも」知れません。(上手く利用する人にとっては、「宝の山」ですが。・・・)


図2として、変わった漢字を持ってきました。これは大字典で見た文字ですが、その大字典には正式な漢字としては見当たりませんでした。「トラ冠」という、殺伐を意味する部首の下に、「火」があるのですね。この漢字、「危害を加える火」とも読めるわけで、「無」という山火事のことも暗示すると思われます。

一方の「空」ですが、「工」という字は「突き抜く」という意味で、工によって穴が出来、中になにもないことを示す。(漢和大字典:前出)です。図3。これは「無」に比べると、とても解りやすい字解きになっています。この後、「漢和大字典」では、以下のような記述が出てきます。

(仏)意識(色相)をこえてすべてをゼロとみなす悟りの境地。いっさいのものは、因縁によって生ずるもので、不変の実態はないという仏教の根本原理の一つ。


この境地は、そのまま般若心経のものでしょう。これは、荘子の「万物斉同」とほぼ同じことを言っていると思われます。ここに、仏教と道家の一致点があるとも言えます。


ちょっと面白いことがあります。儒家の祖:孔子の「孔」ですが、この漢字は、「突き抜けた穴」という意味で、語源的には「空」と全く同じなのです。ここに、仏教、道家儒家が、ほぼ同等な境地を持ち合わせていると言えるのです。図4。



今日のひと言:「無」の反対語は「有」でしょう。「空」は仏教の教義から言って、「色」であるでしょう。「有」も「色」も「有限な者が持つ色々な、生きる上での足掻き」を意味すると考えられます。それらを乗り越えたところに「無」「空」はあるのでしょう。





士は己を知る者のために死し、女は己を説く者のために容れる


この言葉は、中国の歴史書史記』の「刺客列伝」に出て来るものです。原語は
「士為知己者死、女為説己者容」です。(漢文は簡潔ですね。)


言葉を追うと、士(男性)は、自分を知るもの(知とは、あるものの本質を理解する、つまり支配することです)のために命を惜しまない、女(女性)は自分を喜ぶ者(あるいは口説く者)を受け入れる、ということになります。ここに「士」と言う言葉は成人した男性のことを指し、ずばり「勃起した男根(ペニス)」を意味します。「女」は「士」の対義語で、「なよなよ、柔らかいもの:女陰(ヴァギナ)」を意味します。「士」は硬く、「女」は柔らかい。


自分を知る者・・・それは彼の君主のことかも知れませんし、隠賢者のことかも知れません。また、対女性的に言えば、とくに女性は男性が女性のことを知るより、もっと深く男性本人のことを知ることが多いように思います。その意味で、男性が彼をよく知る女性のために、命を投げ出すこともあるでしょう。一方女性の場合、彼女の容姿・心持ちを大いに気に入り、その点を隠さず彼女に迫る男性を受容するのでしょう。この場合、性交も許すという意味であり、「容」という言葉は、女性の容貌のことを指すとともに、空洞である女陰に男根を受け容れるといった意味を表示しています。


体積とは、中身の充実したもののカサを測る目盛であり、容積とは、中が空洞で物が入る余地を測る目盛です。この違いがそのまま、男女の性器の相違点になっているわけです。このようなセクシーな視点から漢字を見直すと中々に面白いのです。


例えば「雄」「雌」という対の漢字。「雄」は「肘を広げる鳥」、「雌」は「お尻を両方の翼で隠す鳥」と言った意味です。(この解釈は『女へんの漢字』:藤堂明保からです)これをもう一歩進めるのも面白い。性交の際、男性は1本のペニスをヴァギナに挿入し、「ヴァギナを広げようとします。」一方、女性はそのペニスを「ヴァギナの両側から2方向で受け止め、ペニスを縮めようとします」。この両者の交渉の過程が性交なのです。


漢字とは違いますが「トンパ文字」というやや未開で、象形文字的な文字体系では、男性が女性の上から1本の棒をかざすのに対し、女性は下から2本の棒で受け止めようとします。この辺り、漢字と同じ発想と言っても良いでしょう。


このように、こと男女の営みについては、案外世界共通な認識があるようです。特筆すべきはやはり中国の『易経:えききょう』でしょう。この「お経」は、世の中の事象、全てを1本棒の陽爻(ようこう)と2本棒の陰爻(いんこう)の交錯に則って解釈する占いの書、ないし変化の道筋を示す書であるのです。それぞれ、男性性器、女性性器のシンボルであることは論を待ちません。そのため、男性は奇数であり、女性は偶数であるとされるのです。



今日の一言:今回の成句、手元の漢和辞典2冊を調べて見ると、「士は・・・」の部分と「女は・・・」の部分が綺麗に分断されていて、同時に読むことはできませんでした。成句全体は、ネット上のHPを見るほかありませんでした。この辺り、ネット世界はすでに紙のメディアを超えているのかも知れませんね。


なお、般若心経の「色即是空、空即是色」は、こんなスケベな考察が、入れ替わり立ち替わり現れる状態のことですね。色と空は対立するようで、また相互に変わりうるのです。(「色」とは、直接的にはSEXを指します。「英雄色を好む」という表現はその意味、妥当です。)このお経は、300文字弱ですが、呼びかけなどの無駄な文字が多いですね。一方、無為の哲学書:『老子』の第1章は、もっと短く60文字くらいで、般若心経と同等のことを述べています。(もっとも、『老子』には、女性性器を形容したとか思えぬ記述も出て来ます(6章など)。・・・聖人は、根っからのスケベなのです。)







今日の詩(3編)


実存主義とは・・・(イギリスでは振るわなかった哲学。)ドイツやフランスで隆盛を極めたが、英語の”a”:不定冠詞や”the”:定冠詞に当たる冠詞がない。不定冠詞が「神によって規定された人間」、定冠詞が「神から自由になった人間」を意味するなら、イギリスには言語学上、実存主義はすでに備わっていたことになる。それの不備がドイツやフランスでの実存主義を生んだことになるだろう。(あくまで、言語学上にしか存在しない哲学。)

 (2021.10.01)



@究極の陶芸家は火山だ。破壊的。

 (2021.10.03)



タリバン

 彼らはコスモス(秩序)を求めてカオス(混沌)を現出させている。

 (2021.10.04)





今日の6句


散歩して
なにやらゆかし
アワダチソウ


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セイタカアワダチソウの黄花は美しいです:松尾芭蕉の句の本歌取り
 (2021,10.07)



冬来る
カラスウリさえ
黄変す


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 (2021.10.07)



ニラの種
山脈のごと
盛りあがる


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 (2021.10.07)



耕作地
バラを育てる
篤志かな


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 (2021.10.08)



この距離で
飛び立ちにける
シラサギか


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離れた距離からすこしづつ、写真を撮りつつ被写体に迫ったのですが、50mくらいになったら飛び立ちました。 

(2021.10.08)



チョマよチョマ
再誕したか
この地にて


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チョマ(苧麻)とは、繊維が取れる野草。カラムシとも言います。イラクサ科。むかし飼っていた猫:チョマと同じ名称です。この子は、生老病死の苦しみを味わいました。

iirei.hatenablog.com

 (2021.10,10)






今日の写真集




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酒米(左)、この種の稲は大型です。(2021.10.07)




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アメリカセンダングサの種:蔓延る雑草ですが、種はある意味美しい。
          (2021.10.07)



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この年最期のアサガオ乱舞  (2021.10.08)




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コンクリートのカバーを物ともせず、植え込みに茂る野草たち 

(2021.10.08)



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マッソニア・ロンギペスの芽生え (2021.10.06)






☆☆過去ログから厳選し、英語版のブログをやっています。☆☆



“Diamond cut Diamond--Ultra-Vival”



 https://iirei.hatenadiary.com/


ダイアモンドのほうは、週一回、水曜日か木曜日に更新します。
英語版ブログには、末尾に日本語ブログ文も付記します。記事は
虚虚実実――ウルトラバイバルとはダブりませんので、こぞって
お越しを。




@恐るべき情報

とうとう、エキノコックスが、愛知県にも広がった。

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1415703

北方起源のこの寄生虫は、キツネ、イヌ、ネズミなどに寄生し、人にも移る。劇症の肝炎を引き起こし、肝臓ガンとも見分けにくく、最悪、死にいたる。全国制覇も目の前だ。イヌは飼えない・・・まさかね。
 
iirei.hatenablog.com


 (2021,10,14)