虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

ユダヤの総督 (アナトール・フランス著)和訳:(2)承

ユダヤの総督 (アナトール・フランス著)和訳:(2)承


アナトール・フランスの逸話:彼はあるとき、フランス中世の文豪:ラブレエについての連続講演をしましたが、日一日聴衆が減っていき、最後にはだれも来なくなりました。でも彼は腐らず最後まで虚空に向かって講演を行い切り、堂々と引き上げていきました。(原稿起こしをしていたなら、是非読みたいものです。非凡な講演だったと思うからです。)


この翻訳は、私が大学2年目に、フランス語を始めて、4か月後に行ったものです。著者のアナトール・フランス(1844-1924)には、キリスト教の虚妄を鋭く突く作品群に光るものがあり、ローマ法王庁は、つい近年まで、彼の著作を禁書扱いしていました。


彼は幼いころから、盛んに「懺悔(ざんげ)しろ、懺悔しろ」と言われ、でも彼には懺悔する覚えはありませんでした。素直な彼は悩んだ末、こう悟ります:「悪いことをすれば良いんだ。」


今回の小品「ユダヤの総督」は、アナトール・フランスの真骨頂の一つで、ここに登場するポンティウス・ピラトは、イエス・キリストを十字架の刑に処した人です。後世ではイエスを殺したことを、大いに悔やんだ、とされていますが、実際はどうなのか?という発想で書かれたものです。「総督は、地方の領土を統括するのを任された職、政治・軍事・法において大権を握る。」(ピクシブ百科事典)。「ユダヤの太守」とも訳します。4回、起承転結の形でアップします。今回は「承」。更新は私の通常のペース:6日に一辺ではなく、5日に一辺にします。お爺さん同士の会話で話が進行しますが、よろしくおつき合いくださいませ。


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アナトール・フランス(wiki)


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ポンティウス・ピラトは悲しげに頭を振った。
「もっともな気遣いだね。そう、一種の義務感が、勤勉のみならず愛情をもっての、公務の遂行に私を導いたのだ。しかし嫌悪が休みなく私を追い立てたのだ。陰謀と中傷、生気に満ちた私の生命を破壊し、(その生命が)成熟させるべき果実を枯らしてしまった。サマリアの反乱について質問があったな。まあ、ここに座ろうじゃないか。手短かに答えよう。あの出来事は、いまだにはっきりと覚えている。――


平民のある男、シリアにおいてはよく見かけるように、口の達者な奴だったが、そいつがサマリア人に、武装して、ガズィム山に(そこは聖なる場所として通っていたが)結集しろと説いたのだ。そして奴は、古代、我々の祖先の時代、彼らの土地の名づけ主、つまりモーゼという名の国家守護神が隠したとされる聖器を彼らに見せてやる、と約束したのだ。
こう保障されて、サマリア人は蜂起したのだ。だが、私は機先を制した。歩兵を派遣し山を領し、奴らの接近を監視するため騎兵を置いた。この周到な策も急を要したものだった。反乱軍は、既にティラサバの要塞を取り囲み、ガズィムの間近に迫っていたのだ。
私は易々と奴らを蹴散らし、反乱軍を鎮圧した。それから、最少の犠牲で最大の見せしめを示すために、私は反乱の首領を刑に処したのだ。


しかしだ、ラミア、君も知っての通りだが、あの狭い属国で、総督のビテリウスが私に噛みついてきたのだ。奴はシリアを治め、ローマに味方するというより敵対し、帝国の諸州も属国と同様に税を負担すべきだと考えていた。サマリア人の首領たちが、私を憎んで泣きながら、奴にひざまずいたのだ。奴らの言い分を聞いて、奴の頭の中で、「帝国への服従」ということほど隅っこに追いやられたものはなかった。
私は挑発者だった。そして奴らがティラサバのまわりに集まったのは、私の暴力に反抗するためだった!!ビテリウスは奴らの訴えを聞き届け、友人のマルセラスに、このユダヤの事件を知らせ、私に、帝国の前で申し開きをするよう命じてきた。・・・苦痛やら心残りで灰色の心のまま、私は海に向けて出発した。


 私がイタリアの海岸に着いたとき、皇帝のチベールは、老齢と帝国疲れのため、(ここから、その突端が夜霧の中を延びているのが見える)ミゼーヌ岬で、突然没したのさ。そこで私は後嗣であるカイウスに、断を下してくれと要求した。彼は当然のことながら、活発な精神を持ち、シリアの事件も知っていた。しかし、ついてないときはそんなもんだ。笑ってくれ、ラミア――当時カイウスは、ローマ市内、彼のそばに、ユダヤ人のアグリッパ・・・彼の仲間、幼児の頃からの友、目の中に入れてもなんとやらのアグリッパを侍らせていた。さて、アグリッパはビテリウスを支持した、というのは、ビテリウスは、アグリッパと同様に、ヘロデを憎んでいたから。皇帝は、親愛なるアシスタントの感情に従い、私の言い分をはねつけた。彼は私に、場違いな不名誉に甘んじることを強いたのだ。涙を飲み、私はシチリアの領地に引きこもったのだ。


もし、優しいポンティアが父を慰めに来てくれなかったら、苦痛のために死んでいたことだろうよ。私は小麦を栽培し、その地方で最も大きな作を持つようになった。今では私の一生は完成された。ビテリウスと私のいずれが正しいかは、いずれわかるだろう。
「ポンティウスよ、君は自分の信じるところに従ってサマリア人に対し、ただローマのためにのみ、行動したと信じているぞ。しかし、その状況の中で、君は、これまでいつでも持っていた烈しい勇気を発揮しなかったのか?君も知っての通り、ユダヤでは私は君より若かったが、もっと熱心でなければならなかった時、私はしばしば君に寛大さや柔和さについてアドバイスしたことがあった。」
ユダヤ人に対する優しさ!」ピラトは叫んだ。
「奴らのところで生まれたとはいえ、君とて、あの人類の敵をよく思ってはいまい。そろいもそろって野蛮・下品であり、笑うべき臆病者でありながら、無敵の頑固者であり、奴らにとっては愛も憎しみも同じことだ。私の精神は、神のごときアウグストスのお言葉に基づいて形作られている。私がユダヤ総督になったときには既に、ローマによる平和が台地を覆っていたのだからな。今では、我々ローマ市民の仲たがいのため、属州の財政を豊かにするプロコンスルは見いだせぬ。私は自分の義務を知っていた、知恵や節度の適度な用い方のみに心を配った。それは神々も証明してくれよう。
 私は優しさにだけ固執した。(他はともかく、優しさだけは失うまいとした。)どれだけこのような好意に満ちた考えが役立ったか?


 私が統治をはじめた当初に、最初の反乱が起こったとき、私がどうしたか、ラミア、見ただろう?当時の状況を思い出してもらう必要があろうかな?セザレの守備隊は、イェルサレムで冬営しようとしていた。軍人たちはカエサルの遺像を旗印にしていた。この光景が皇帝の神性をまったく知らぬイェルサレムの人々を怒らせた。もし、従う必要があるのなら、神に従うよりは人に従うことが名誉なことだったのか?ユダヤ中の坊主が、私の法廷の前に、「聖なる都にカエサルの肖像を持ってきた」ことに対しての昂ぶった侮りと共に、私に嘆願するためにやってきた。
 私はカエサルの神性と、帝国の偉大さのために拒絶した。坊主どもと親しい民衆は法廷のまわりで、脅しと言っても良いような「嘆願」をやらかした。私は兵士たちに、アントニア塔の前で結集し、リクトゥールのように鞭を以て、この無礼な民衆を蹴散らすように命じた。しかし、この実力行使も苦にせず、ユダヤ人どもは私に再び嘆願しはじめた。もっとも頑固な奴らになると、地面に横たわり、喉を絞めて自害し、鞭の下で死んだほどだ。ラミア、その時の私の屈辱といったら、君も証人になってくれるだろう。


ビテリウスの命により、旗はセザレに戻さねばならなくなった。確かに、この屈辱は私にとって不条理なものだった。不滅の神々に誓って、私は一度だって統治中、公正さも、法の順守も欠いたことはないのだ。しかし、私は老いた――私の敵も、密告者も死んだ。私は仕返しもせずに死ぬことだろう。誰が、私の記憶を保持してくれよう?ピラトはうめき、そして口をつぐんだ。ラミアは答えた:
「不確かな未来には、恐れも期待も持たぬが賢いことだ。後世が我々のことをどう考えようと、それが何だというのだ。我々の証人とか裁判官になりうるのは、我々自身を措いて他にはないではないか。ポンティウス・ピラトよ、君は勇気があった、という証拠が確かにあるのだから、自信を持ち、君が自身を正当に評価し、また君の友人が君を正当に評価していることに、満足することだ。それに、優しさだけでは人々を支配できない。哲学者が奨める、このような人間愛は、実際の大衆の行動では、あまり大きな位置を占めないものなのさ。


「そうしよう。・・・フレグレアン平野に立ち上る、硫黄の蒸気は、太陽の光によって再び熱せられて地面を離れるとき、より一層力強くなる。急がねば、さらばだ。だが、折角旧友に会ったのだから、この幸運を役立てたいものだ。エリウス・ラミアよ、明日の夕食は、私と共にしないか?私の家は海岸にあり、それは町でも最も優れたところだが、ミゼーヌの近くなのだ。虎やライオンに囲まれ、彼らをその妙なる竪琴で魅了しているオルフェウスの絵が描いてある門を、容易に見つけられるだろう。
「ラミア、では明日。」ピラトはカゴの中に入りながら言った。
「明日は、ユダヤ人について話そうではないか。」


(次回:「転」に続く)



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翻訳ノート2




神々は渇く (岩波文庫 赤 543-3)

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ペンギンの島 (白水Uブックス)

ペンギンの島 (白水Uブックス)





今日の一品


@切干大根の炒め煮


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定番料理。大根をごま油で炒め、砂糖、醤油を投入、クコの実、油を抜いた油揚げを入れました。

 (2020.03.25)



@高野豆腐の含め煮


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高野豆腐、どんなタレをしみこませるかが味の分岐点ですが、今回は「青じそ」(理研)を使いました。鍋に水を張り、タレをその4分の1ほど加え、沸騰させて、吸水させて絞った高野豆腐を投入、3、4分加熱しました。

 (2020.03.25)



@カキナの油炒め


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栃木県、群馬県にまたがって収穫されるアブラナ科の野菜。今日はごま油で炒めものにしました。一口大に切りそろえたカキナを炒め、最後に昆布汁(ヤマサ製)で味付け。太目の茎も柔らかく、美味でした。

 (2020.03.27)





今日の四句



灼熱の
炎の如き
芍薬(しゃくやく)よ


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もう芽生えてきました。

 (2020.03.25)



森の中
走るがごとき
電車かな


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はい、錯覚です。

 (2020.03.25)



花の穂を
つまんで食べる
ほろにがさ


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アブラナの黄色い花が咲く寸前のつぼみは、散歩がてらつまんで食べると美味しいのです。

 (2020.03.28)



天の川
水路を隔て
猫二頭


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 熱愛中?

 (2020.03.28)