『電力改革の争点――原発保護か脱原発か』(熊本一規):書評
これまで私は東大都市工学科の先輩、熊本一規氏(明治学院大学教授)に、4冊の著作を贈呈され、書評を拙ブログにエントリーしてきましたが、最近のこの本については、今年5月に贈呈して頂いたのですが、諸般の事情からつい最近読了しました。不義理でしたね、すいません、熊本さん。
そうなった理由の一つが、この本のテーマが、「経済学的に原発を切る」というものであったこと。経済学には不慣れな読者としては、中々に取っ付きにくかったのです。原発問題を俎上に乗せるためには必要不可欠な学問なのですが。色々な用語にひっかかりました。
それらのうち、一つ例に挙げますと、「ミッシングマネー問題」。簡単に言えば「単に市場に委ねるだけでは安定供給のために必要な発電設備が維持されない問題」(本書77ページ)のことです。これは太陽光発電、風力発電など再生可能エネルギーが自然条件に左右されるので、供給量と需要量とのギャップを埋める調整電源が必要になる、とされています。その調整電源として使われるものとしてはガス火力、石油火力、石炭火力の順に有効ですが、「調整電源として用いられると、設備利用率が低下し、販売し得る電力量が少なくなるから、採算がとりにくくなり、閉鎖に追い込まれることにもなる。」(78ページ)
ミッシングマネー問題は再生可能エネルギーを広めるために、クリアーしなければならない問題であるわけです。このような旧来の発電所が割りを食って、設備が無駄になってしまうという問題が大きいのですね。このあと、精緻な分析が数ページにわたって展開されます。興味あるかたは是非本書を手に取ってご覧ください。ミッシングマネー問題について一定の理解が得られると考えます。ここでの議論での一応の結論として、経産省がいやらしいほど原発を庇うけれど、原発をミッシングマネー問題で押しとおすのは無駄である、原発は不要であるということでしょうか。(より広く、エネルギー問題への理解についても。この本には、それ以外にも再生可能エネルギーを現実に即して考えるためのキーが満載です。)ある意味、ミッシングマネー問題はこの本の中心テーマだと思われます。
さて、この本の中ではしばしば「経産省」の影が見え隠れします。この省の特徴は、ひと言「ずる賢い」。戦前・戦中は「軍需省」と名乗り、GHQの「がさいれ」が不可避になったとき、短時日で省名を変更し、莫大だった情報の痕跡も残さず廃棄し、知らぬ顔をして、戦時体制の枠組みにはGHQに触らせず、生き延びます。(野口悠紀雄氏の『戦後日本経済史』に詳しい)最近ではいやらしいほど原発の維持・延命を図る・・・腐った省です。熊本さんもこの省にはほとほと手を焼いていると思います。表面化しにくいさまざまな通達・省令(法律ではなく)を駆使し、電力の自由化を、自由化する振りをして妨げ・原発を保護しようとしているこの省こそ、面従背反を地で行っています。『電力改革の争点――原発保護か脱原発か』も、経産省の在り方に対する異議をテーマの一つにしているのだと思います。その意味で、この本の論旨は明確です。
ここで私は東大時代のある同期生を想起します。彼はIQは高かったですが、遊び人だったため、教養課程の成績は散々でした。でも工学部でもっとも人気のあった電気・電子工学科に進学しました。東大の幾つかの類科の場合、進学振り分け制度というのがあり、要は入学後も続く入試試験(第三次入試とも)のことですが、もし志望学科が定員割れだったらすんなり進学できますが、定員オーバーなら、成績順に学生を受け入れます。さて、彼の場合、成績の良い友人を何人も作り、一次募集の際、彼らに電気・電子工学科に志望を出してもらい、本来の志望者たちが尻込みして他学科に願書を出すのを見計らい、堂々と願書を出し、見事電気・電子工学に進学を果たしたのです。成績は悪かったのに、です。
まあ、一種の「当て馬作戦」、彼のずる賢さが光りました。私は逆に、当時人気がなく敬遠されがちな工学部都市工学科・衛生コースに願書を出し、進学しました。事務の人からは「君の成績ならもっと良いところに進学できる、これでいいのか?」と言われました。
さて、その彼は、卒業後、当時の通産省(現・経産省)に入省しました。騙しのテクニックにも習熟していたらしい彼、原発推進に大いに邁進したことでしょう。
今日のひと言:『電力改革の争点――原発保護か脱原発か』は案外読み辛いけど、良書だと思います。緑風出版、2200円+税。
関連過去ログ(熊本氏の著作について)
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130613#1371085197
:がれき処理・除染はこれでよいのか(書評)
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20131215#1387062389
:東大闘争と原発事故(書評)〜みごとな起承転結
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20150207#1423279231
:戦う工学者・熊本一規氏:「電力改革と脱原発」(書評)
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日本の循環型社会づくりはどこが間違っているのか?―「汚染循環型社会」から「資源循環型社会」に転換するために
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今日の一品
@レンコンの梅肉炒め
弟作。我が家の定番料理。穴が良く見えるように切ったレンコンを、オリーブオイルで炒め、梅肉投入、最後にカツオ節を入れます。レンコンと梅肉は相性が良いです。
(2017.12.15)
@青長大根の浅漬け
中国野菜の一つ。根の部分が内部まで鮮やかな緑色の綺麗な大根。サラダに向いています。ただ今年のは小振り。一株だけ育てていた虎の子の大根の葉が何物かに食べられてしまい、葉がなくなってしまったので小さいままで利用しなければならなくなりました。大根らしい辛さがGOOD。
(2017.12.17)
@鶏手羽元の秘伝のタレ焼き
醤油、酢、砂糖を適量混ぜ合わせ、コショウ、ナツメグ、輪切り唐辛子、スライスニンニクと共に手羽元をこのタレに3時間ほど漬け込み、オーブンレンジで180℃、20分焼きました。
(2017.12.17)
今日の詩
@鏡の世界
私が通う図書館のトイレは
洗面台が平行に2列並んでいて
それぞれに鏡が付いている。
それで2つの鏡は「鏡映」して
あたかも無限に写りつづけるかと
思えるような絵柄を描く。
あたかも無限回廊・・・
トイレの壁の色彩も寒色、
冷え冷えとした光景だ。
(2017.12.17)