虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「ブンナよ、木からおりてこい」(水上勉)と十牛図(悟りの段階図)

故・「id:mikutyanさん」が彼女のブログで取り上げておられた「ブンナよ、木からおりてこい」につき、「ああ、あれはたしか小学校だったか中学校だったかで課題図書になっていたな」と思い出し、図書館で借りてみました。単行本はなかったので「水上勉全集 第24巻:中央公論」を読みました。


この際、私は水上さんが若いころ、禅寺で修行していたことがあり、当然彼が知っていたと思われる「十牛図」と照らし合わせてこの作品を読むことにしました。


その「十牛図」とは(wikiによると)

十牛図(じゅうぎゅうず)は、禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした十枚の絵で表したもの。十牛禅図(じゅうぎゅうぜんず)ともいう。中国宋代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵(かくあん)禅師によるものが有名。

以下の十枚の図からなる。ここで牛は人の心の象徴とされる。またあるいは、牛を悟り、童子を修行者と見立てる。

1. 尋牛(じんぎゅう) - 牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。

2. 見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。

3. 見牛(けんぎゅう) - 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。

4. 得牛(とくぎゅう) - 力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。

5. 牧牛(ぼくぎゅう) - 牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。

6. 騎牛帰家(きぎゅうきか) - 牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る姿。

7. 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) - 家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。

8. 人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) - すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。

9. 返本還源(へんぽんげんげん) - 原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。

10. 入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ... 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。


なかなか洒落た寓話です。一方「ブンナ」の場合、11章構成の中編小説ですので、ちょっと章立てが異なりますが、近い数の章立てで物語を構成したかったのかも、と思います。


さて、「ブンナ」とは、若いトノサマガエルです。彼はアマガエルのように木を登る能力があり、仲間のツチガエルに対して肌の色の美しさも込みで、「増上慢」になっていました。その意気込みで、寺のそばの高い椎の木に登り、天辺に見事たどりつきますが、そこで待っていたのは、「命」が織り成すぎりぎりの修羅場だったのです。


ブンナは木の天辺に、葉が腐って出来た土を発見し、これは心地よいともぐりこみますが、これは僥倖でした。実はここは鳶(とび)が生き物をエサとして生きたまま一時保留しておいて行く場所だったのです。そして、スズメ、モズ、ネズミ、ヘビ、牛ガエル、ツグミと、つぎから次へと「獲物」が運ばれてくるのです。


スズメとモズがもっとも最初に運ばれてきた獲物でした。スズメは羽を折られ、モズは体のあちこちを痛めつけられていましたから、ブンナが「土」から出ても良かったものの、それは止めにし、連れ去られてきた動物間の会話に耳を澄ませました。


ほかの動物、とくにヘビについては、土にもぐりこむ能力があるため、警戒していました。でもヘビはすでに自分の命について悲観的で、とくに潜り込みませんでした。そして鳶に攫われて行っちゃうのですね。獲物の空白時期もあったのですが、その時に木を降りなかった愚かなブンナでした。


そして、冬の寒い時期、土の中で考えます。いわば魔王のごとき鳶(この物語の中では他の動物の命を自由にできるオールマイティーな存在)でさえ、いつかは生まれ変わり「スズメ」になるかも知れないと。いわゆる輪廻転生に思いを致すのですね。


そして、春5月、仲間たちに歓迎されながら無事帰還します。このときブンナには「増上慢」の匂いは無くなっていたのでしょうね。


10章と11章は他の章に比べ短い文字数で、この2章を一まとめにすれば全体で10章になります。牧童の精神発展過程を示す「十牛図」とカエルのブンナの「増上慢」の状態から「悟り」の状態を示すこの小説は似ていると思います。



今日のひと言:水上勉さんは、私の好きな小説家で、これまでも何回か取り上げています。
ある人が言うに「日本海が似合うひと。」以下は取り上げた作品の過去ログです。


http://d.hatena.ne.jp/iirei/20100829
  :土を喰う日々(書評)・・・水上勉の「食」エッセイ

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20121210#1355134294
  :フライパンの歌水上勉の処女作

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130915#1379241154
  :「エヴァンゲリオン」と「越前竹人形」は似ている

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20131115#1384455195

  : 水上勉の「海の牙」〜社会派推理小説水俣病




ブンナよ、木からおりてこい (新潮文庫)

ブンナよ、木からおりてこい (新潮文庫)

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)

土を喰う日々―わが精進十二ヵ月 (新潮文庫)

土を喰う日々―わが精進十二ヵ月 (新潮文庫)

十牛図入門―「新しい自分」への道 (幻冬舎新書)

十牛図入門―「新しい自分」への道 (幻冬舎新書)

現代語訳 十牛図

現代語訳 十牛図




今日の一品


@牛丼風煮込み



弟作。牛バラ肉に玉ネギ、ショウガ(少々)を材料とし、牛肉はまず茹で、ショウガ、タマネギを炒め、合わせて醤油、砂糖で味付けしました。一般の牛丼屋のメニューの味とさほど変わらないですね。(今回は丼にしませんでした。)

 (2016.09.23)



@大豆と根昆布の煮物



健康に良い2品目を一緒に圧力鍋で煮、冷めたところで手鍋に写し、天塩、シナモンで少々煮ました。大豆が十分甘いので、砂糖は入れませんでした。なお、根昆布はミネラル豊富な食材ですが、ヨード分の含有量が半端でないので、食べ続けると、ヨード分摂取過剰になりますのでご注意を。

 (2016.09.25)



@鶏モモ肉のマリネ



弟作。肉をオーブントースターで充分焼き、秘伝のマリネ液に4時間ほど漬けました。液が持っている香り成分が移り、酢の爽やかな風味と調和して、とても美味しかったです。

 (2016.09.26)





今日の詩


@つる草の花


ともどもに
並ぶ2種の花たちよ


アサガオ(青)
マルバルコウ(赤)


巻きあって苦しくないかい?
いずれも同じつる草なるに



(どちらもヒルガオ科の植物。)

 (2016.09.27)




今日の二句


CDに
シンクロするや
虫の声



(秋の夜長の友・・・)

 (2016.09.23)




閉めたまま
ポンと鳴るなり
ペトボトル



(冷えた状態で空になったペットボトルが室温になるにつれ、容器内の空気が膨張して鳴るわけ。)

 (2016.09.25)