脚気と森鴎外:軍医として彼最大の汚点
脚気(かっけ)という病気は、現代人が罹ることは希ですが、明治時代、日本の近代的軍隊が生まれると同時に、大問題になりました。この病気に罹った結果、死ぬ兵士が続出したからです。これは大問題であるということで、陸軍でも海軍でも調査がなされました。
実はこの病気は、ビタミンB1欠乏症で、農芸化学者・鈴木梅太郎が玄米から抽出して「オリザニン」と名付けましたが、これを脚気患者に投与すると、脚気が治ることが解りました。(オリザニンは、後にビタミンB1と呼ばれるようになりました。オリザニンという名称が正式には学術用語にならなかったのは、欧米の学会の日本人蔑視のためだとも言われます。)
症状は (wiki・「脚気」)
脚気(かっけ、英: beriberi)はビタミン欠乏症の一つであり、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって心不全と末梢神経障害をきたす疾患である。心不全によって下肢のむくみが、神経障害によって下肢のしびれが起きることから脚気の名で呼ばれる。心臓機能の低下・不全(衝心(しょうしん))を併発したときは、脚気衝心と呼ばれる。
玄米、蕎麦なら豊富に含まれるこのビタミンB1を、白米信仰で通すと、避けて通れない病気なのですね。少なくとも、副食としてビタミンB1豊富な豚肉などを食せばいいのですが、軍隊の給食はやはりお粗末で、脚気予防には不適だったのでしょう。
さて、軍医として、最高位の軍医総監にまで上り詰めた森鴎外ですが、こと脚気に関しては、愚かだったと思います。
鴎外は東京帝國大学で近代西洋医学を学んだ陸軍軍医(第一期生)であった。医学先進国のドイツに4年間留学し、帰国した1889年(明治22年)8月–12月には陸軍兵食試験の主任をつとめた。その試験は、当時の栄養学の最先端に位置していた。日清戦争と日露戦争に出征した鴎外は、小倉時代をのぞくと、つねに東京で勤務、それも重要なポジションに就いており、最終的に軍医総監(中将相当)に昇進するとともに陸軍軍医の人事権をにぎるトップの陸軍省医務局長にまで上りつめた。
ビタミンの存在が知られていなかった当時、軍事衛生上の大きな問題であった脚気の原因について、医学界の主流を占めた伝染病説に同調した。また、経験的に脚気に効果があるとされた麦飯について、海軍の多くと陸軍の一部で効果が実証されていたものの、麦飯と脚気改善の相関関係は(ドイツ医学的に)証明されていなかったため、科学的根拠がないとして否定的な態度をとり、麦飯を禁止する通達を出したこともあった。
鴎外が麦飯支給に否定的だった一因として、日本国内の麦の生産量が少なく自給できていないということが挙げられる。数十万人単位で存在する陸軍の兵食は、国内で自給できる食物で賄うべきだという考えは一概に否定されるものではない。そもそも、鴎外は「日本兵食論大意」において「米食と脚気の関係有無は余敢て説かず」としている。鴎外自身はあくまで陸軍軍医として兵食の栄養学的研究を行っていただけで、脚気の研究をしていたわけではない。鴎外は脚気の原因についての確たる理論や信念を持っておらず、門外漢であるがゆえに、当時の学術的権威の説(これが間違っていたのだが)を採用したのではないかと思われる。
日露戦争では、1904年(明治37年)4月8日、第2軍の戦闘序列(指揮系統下)にあった鶴田第1師団軍医部長、横井第3師団軍医部長が「麦飯給与の件を森(第2軍)軍医部長に勧めたるも返事なし」(鶴田禎次郎「日露戦役従軍日誌」)との記録が残されている(ちなみに第2軍で脚気発生が最初に報告されたのは6月18日)。その「返事なし」はいろいろな解釈が可能であるが、少なくとも大本営陸軍部が決め、勅令(天皇名)によって指示された戦時兵食「白米6合」を遵守した。結果的に、陸軍で約25万人の脚気患者が発生し、約2万7千人が死亡する事態となった。
こう見ると、鴎外は彼なりに脚気の原因を探ったのだと思いますが、海軍が「脚気栄養失調症説」を唱えていたのに対し、彼は「脚気伝染病説」に固執し、科学的な対応をしなかったのか、とも思われます。この鴎外の態度の源泉は、二つの権威との二重の軋轢があったと思います。一つは海軍への対抗心。もう一つは、別種の学問分野への敵愾心。陸軍に比べ脚気の発生者の少なかった海軍、医学と畑違いの農学部の研究者の「妥当とも思われる」研究結果。そしてずるずるやっているうちに、脚気による陸軍の兵士の大量死。この惨状は、森鴎外、畢生のミスだと思うのです。
今日のひと言:「知の巨人」「万能の天才」とも尊称が捧げられる価値のある森鴎外でしたが、こと脚気にかけては「無能」でした。純粋に事象を学問的に見るというより、彼の属する集団の利益のために行動することで、その視点を失ってしまったのかも知れません。

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