虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

恋は思いがけなくやってくる(散文詩) (2)

私の恋愛遍歴 その3


承前


@「彼女のために」――あと一言が・・・!


 実は、彼女と交際をするためには、もうひとつ難問がありました。それは私のサイドの問題です。グループNの借りている山奥の廃屋に一人で住む、と言う心積もりがあり、それは変更など出来ないことでした。だから東京を去る前にしておく仕事がありました。一つはこれまでに出あった印象的な人達を私が企画した「M・無限連続講座」に招くこと。勿論小阪修平氏(私が影響を受けた哲学者)やF女史も招きます。もう一つは、防災に関するパンフレットを作成すること。これはもともとF女史に宛てたメッセージ、ラブレターとして企画したものでした。


 手始めにこんな話から。F女史いわく「いま、研究会は特に面白い活動はしていません。どうしてあなたは訪ねてくるの?」
私は答えませんでした。でも、心の中で「それは、あなたの仕事振りを見たいから!」と答えていました。KJ法と言う有名な資料整理・法則抽出のメソッドがありますが、彼女はそれに相当する技法を自分で編み出していたのです。手馴れた仕草で仕事をする女性に、私は子供の頃から言い知れぬ慕情をいだく人でした。彼女の仕事振り、研究会の運営を見ることには新鮮な驚きがあり、それに比べれば当時会が特に活動していないことなど、ものの数ではありませんでした。


 1987年1月、F女史を招きました。ところで、当時私は奇門遁甲(きもんとんこう)という良く的中する占術を研究しており、当日の彼女の運勢を調べたところ、「暴漢に襲われる」との不吉な予想が出ていました。「これは、彼女を送り届けなければ」と考えました。当日、果たして彼女は仕事で疲れた様子でやって来ました。会場はJ都議の事務所から廃線のレールの上を歩いていきます。一緒に歩きながら


  F女史:「まるで旅をしているみたいね。」
  私:「       (無言)」


一般論でいえば、男性は無口です。なるべく話したくないのです。女性は逆で、なるべく話したいのです。それは太古からの男女の役割分担、いわゆるジェンダーによるのでしょうが、私は男性としては話し好きですが、女性との付き合いにおいては「大事な一言」がなかなか言えません。それはもしかしたら、母から受けたトラウマがそうさせているのかもしれません。「そうだね、このまま2人で旅をしようか?」なんてなかなか言えません。講座の会場では彼女は不機嫌でした。こちらが彼女の紹介をしようと思っても、それを無視してF女史は話し始めました。さきほどの会話(?)の影響でしょうか。


講座は無事に終わり、国分寺に席を設けてある、と彼女に伝えたところ、「弟の誕生日パーティーがあるので」と断ろうとしましたが、是非に、と気のおけない人達とともにユニークな、若者にも受ける中国料理店に連れていきました。栄養のある料理、滋養強壮の中国酒で彼女の元気を取り戻して上げようとの意図でした。「元気になるよ」と勧めた「五加皮酒(ウチャピー・チュウ)」、彼女は「美味しい!」と飲みました。


でも、もう彼女が帰る時間です。私は席を立ち、「送っていくよ」と言いつつほかのメンバーを残して付いて行きました。だって、彼女のボディーガードをするのが目的なのですから。はじめは嫌がっていた彼女も、抵抗するのに疲れたのか、車両の中で並んで座った席で寝息を立て始めました。途中の駅で、老夫婦が乗り込んで来たので、固辞する彼らに席を譲り、私はF女史の前に立ち、彼女の可愛らしい寝顔を見ながら思いました。「こいつの連れ合いになれなくても良い。こんな可愛い女を守れなくてなにが男だ!」それは、彼女に捧げる予定の防災書も含めての、私の決意でした。


 目的の駅に着きました。彼女はあらためて私に聞きました。「どうして付いてくるの!?」私は答えました。「これは仕事だ!」とたんに彼女は泣きながら走っていきました。「気をつけて!」と私は声をかけました。あの様子なら、暴漢に襲われることは有るまい、と思いました。そして、私は、防災書「災害を見切る――狼なんか恐くない」の意趣書を研究会の掲示板に貼るため、研究会に行きました。そこに電話――F女史からでした。


いわく「私はあなたを見損なった!あなたがあんなに講座が下手だとは思ってもいなかった!暫くは私の前に現われないで!」なんて皮肉な結末でしょう。私にとって講座の運営は手なれたものでしたから、この発言の真意はすぐ解りました。私が彼女に付いて行って無事送り届けるまでが講座運営者の義務です。仕事です。でも、それだけをストレートに告げれば、女性であるF女史は拒絶反応をおこし、パニックになるだろうことは予測できませんでした。


恋愛感情のゆえ付いてくるのかと思えば、(勿論それもありましたが、)突き放して仕事だ、と答えるなど、彼女にとってはもってのほかでしょう。それなら、私の講座運営能力を否定するしかないでしょう。あのとき、こう言えば良かったのです。:「勿論、あなたが好きだから傍に居たいんだよ。でも、今回は仕事だ。」一言足りなかったのです。そして、「暴漢」の正体が解りました。それは、私そのものだったのです。体へのではなく、心への暴漢です。ここにも、男女の感受性の違いがはっきりと現われているのです。やはり、男と女、お互い理解しあうのは難しい課題です。


@交際終了まで


 私は、「災害を見切る」の作成に没頭しました。資料集めと執筆が同時進行するハードな作業でした。研究会から借りた本も複数あり、それを返しにいき、彼女に無言で帰るとき、F女史は「森下さん!」と呼びかけ、とり急ぎ彼女の手元にあった会報などを渡してくれました。私は「ありがとう」と言って研究会をあとにしました。その会報は、今でも持っています。とても嬉しかったからです。


パンフレットは3ヶ月で仕上げ、「The research club of children’s play and town」に習って、「エイズやないか研究会」を立ち上げ、「一口1000円以下、何口でも」出資してくれるか、「貴重な情報を提供」してくれた人を会員とみなし、出来上がったパンフレットを無償で配布する、といった具合です。「以下」という設定が特に重要で、なかには50円しかカンパしない人もいました。このプロジェックトの経費として一人1000円は必要でした。それでも趣旨に則り、ちゃんとその人にも配布しましたが。80部ほど配布しましたが、その中にはF女史も当然含まれています。ただ、直接手渡さず、郵送で彼女に送りました。会って直接渡せば良かったのに。そして私は山暮らしを始めました。


色々なことをしたのは先に書いた通りですが、「紙漉き」を始めた心理的動機は、自分で漉いた紙でF女史にお便りを出したいからでした。1年ほどして、東京にて彼女に会ってもらうことになりました。当日、わくわくしながら待ち合わせの自然食レストランで待っていると、20分ほど遅刻して彼女はやってきました。仕事の打ち合わせのあとで、化粧が崩れるほど疲れているように見えました。そして、彼女はそっけない態度で1時間ほど話したあと、明日の用のため帰ると言い出しました。


私は「それなら、勝手にどうぞ」といった気持で見送りました。店を出る時、彼女はこちらを振り返りましたが、私はタバコをふかしながら無視しました。「俺を試していやがるな!こっちはこれほど努力したのに、お前はちっとも変わってないじゃないか!」と言う思いでした。翌朝、彼女に葉書を出しました。「めったに会えないのだから、会うときは気持ちよく会いたいですね。See You Again!」という趣旨でした。その後は、郵便や電話で連絡を取ることはあっても、一度も会っていません。恋は終わったのです。今、彼女は3児の母だそうです。


 F女史は、私が持っていた、(母から受けた)女性への恐怖感と不信感をかなりの程度に払拭してくれました。また、一冊の本を書かせてくれたし、紙漉きの技術を習得する原動力にもなってくれました。お互いを高め合えた人として、私は彼女を決して忘れません。お互い心を寄せているのに結ばれない―――こんな恋もあるのです。しかし、その恋は、決して無駄なエネルギーの浪費ではないと思います。強調したいのですが、男と女は、お互い、永遠の教材です。



(今回ブログは拙著「東大えりいとの生涯学習論」の一部抜粋です。)


参考過去ログ  男を妊娠させる女:ルー・ザロメ

http://d.hatena.ne.jp/iirei/20110415#1302871879


「私の恋愛遍歴  結」



遊びと人間 (講談社学術文庫)

遊びと人間 (講談社学術文庫)

こどもがまちをつくる―「遊びの都市(まち)‐ミニ・ミュンヘン」からのひろがり

こどもがまちをつくる―「遊びの都市(まち)‐ミニ・ミュンヘン」からのひろがり




今日の料理


@エンサイのナムル


タキイ種苗の包装パック(2011年)





エンサイは別名の多い作物で、ヨウサイ空芯菜アサガオ菜といった感じです。名前の通りヒルガオ科の植物で、中国南部、東南アジアで栽培されます。サラダで食べる品種もありますが、だいたい炒めるか茹でるかして食べます。今回は茹でてから、ゴマ油、塩、いりごま、コチュジャンなどで和えてナムルにしました。(なお、エンサイは、加熱後急速に黒くなりますが、味に変化はありません。)なお、私は長年エンサイを栽培していましたが、収穫量が少ない環境なので、今年から作らないようにしました。今回料理は市販品です。

 (2014.06.06)




@もやしとパクチーの炒めもの






パクチーコリアンダー)を切り、もやし、クコの実などと炒めました。調味料はもちろんナンプラー。それだけで東南アジア系の感じがします。

 (2014.06.06)





今日の二句


昼下がり
何を想うや
猫一頭





人生(猫生)に疲れた感じの一頭の猫、この暑さのなかで何を想っているのでしょうか?

 (2014.05.04)




梅雨に入り
かわず時雨が
聞こえけり


梅雨時に入り、婚礼・出産を控えたアマガエルたちが田で鳴き交わす様を聞いて。なかなかの音量で、生命力を感じます。

 (2014.06.07)