虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

恋は思いがけなくやってくる(散文詩) (1)

私の恋愛遍歴 その3


 素敵な女性と出会いました。それも、全く予期できない出会いでした。私だって恋をします。結婚まで意識した女性は10人近くいます。が、一度も成就したことがなく、2004年3月現在 いまだ独身です。44歳になりました。


 その人F女史とも、勿論破局しました。とは言え、私の運命に投げかけられたF女史の影は、ほかのどの女性よりも大きなものでした。ほかの女性達の影響も、勿論馬鹿に出来ないほどありますけど。恋が男性あるいは女性の成長をうながすのだとしみじみ思います。


 私は当時、グループNという、森林と林業の分野でメッセージを発信する組織にいました。1986年のことです。私にとって、忘れられない年です。この年の春先、母が精神病院を転々とした挙句、死去していました。5月にグループNに入会して、「子供キャンプ」などのイベントの引率者なども体験していました。そして9月に、あるタウン誌を発行しているおばさんから、「グループNの話をしてくれ」と依頼されました。それなら、他に適任者はいくらでもいる、と断ろうとしたのですが、「あなたでなくてはだめ」「それならいいですけど」「F女史も講師として呼んでいるのよ」「そんな人知りませんけど」  ―― こんなやり取りをしました。


 そして当日、おばさんの手違いで遅れて講演の会場についた私は、まずおばさんの不手際を叱りました。「まあ、住民運動をしているおばさんなんてこんなものさ」と思いながら「ところでFさんはどなたですか?」と聞きました。どうせワン・オブ・ゼムのおばさんだと思いながら。
 ところがF女史として紹介されたのは、妙齢の美人!ベレー帽をかぶり、ピンク色のセーターに包まれて、私に微笑みかけているではありませんか。私は思わず「トイレはどこですか?」とおばさんに聞きました。それが出会いでした。


この講演会には3名の講師が呼ばれていました。F女史は私の左に座っており、「席をかえる?」と私が聞くと、「このままで良いです。」との答えでした。さて、彼女の順番です。「この子、一体どんな話をするのかな。」と思いながら、F女史の話に耳を傾けました。


 その話は、私に衝撃を与えました。F女史の所属する「The research club of children’s play and town:あえて英語で」の活動報告でした。そもそも、都市計画では従来「子供の遊び場」にはたいした価値が与えられておらず、なおざりでした。でも、それが立派な都市施設であることは間違いありません。その「遊び、遊び場」に焦点を合わせ、ユニークな実践活動をしていたのが「The research club of children’s play and town」でした。(発展的解消をして、今は存在しない会です。)F女史はその会の事務局長兼アイデアギャルでした。「日本の各地を活性化する住民運動に、トヨタ財団が懸賞500万を出すコンテスト」にてグランプリを獲得していました。「都市計画で、これほどの話が聞けるとは!」そして「なんて魅力的な女性なんだろう!」と思いました。


 つぎは私の順番です。私なりに、堂々と、ソツなく話をしました。
 もうひとりの講師の話が終わり、質疑応答の時間、私はなんだか私の左側に、もやもやしたなにかが見える、なんだろうと思って左手を差し出しました。彼女も手を差し出し、手が触れあいました。お互いに、電流が流れました。そして、手を引っ込めました。その事実は、私と彼女しか知りません。それでも、口さがないおばさんたちは、「お似合いよ」と言っていました。F女史が持ってきた「三世代遊び場図鑑」(The research club of children’s play and town・編)を、喉の乾いた旅人が水を求めるように購入しました。


 講演会も無事終わり、お互い帰る時間がせまっていました。出口に犬がいました。私は軽く撫でてあげました。F女史はしっかり抱きかかえ、たっぷり愛情をその犬に注ぎました。もし、その犬を間に挟まなければ、つまり、私と彼女だけなら、どんなことが起こるでしょう?答えは簡単です。激しく愛し合うことになります。私は、「しまった!恋に落ちてしまった!」と嬉しがりながらも思いました。まるで、月面を歩いている、あの感覚です。


帰りの駅に向かう途中、タウン誌のおばさんは気をきかせて私とF女史だけにしてくれました。当時私はJR中央線沿線国立にある都議会議員J女史の事務所におり、「近いことだし、寄っていく?」と聞きました。「いえ、私は仕事があるので」とF女史。「勤め人は大変だね」と言いつつ私は別れを告げ、駅の階段を駆け上がりました。その際、彼女の瞳に涙がにじんだのを私は見逃しませんでした。あえて、ホーム上で挨拶もしないようにと、わたしは国立寄りに行き、彼女は新宿寄りに頑なに、金縛りにあったように座っていました。「なんて健気な子!よし、必ずもう一度あなたとコンタクトするからね」と心に決めました。翌日、おばさんからF女史の住所と電話番号を聞きだすと、すぐさま手紙を書きました。届いた頃を見計らって、TELもしました。手紙は、すぐに返事が来ました。好意的な内容でした。交際スタートです。


 もっとも、あとでタウン誌のおばさんに聞いたら、「二人を会わせたら、どういうことになるか」と思って面白半分であの講演会を企画したとのことです。つまりはお見合いだったのです。嬉しい有り難迷惑です。


ベターハーフ(より良い半身)


 東京大学工学部都市工学科は、都市計画と衛生工学の2本柱で出来ています。高度成長期、建築工学科から一講座、土木工学科から一講座、それぞれ引き抜き、出来たのが都市工学科であり、建築工学由来が都市計画、土木工学由来が衛生工学です。そして、この2セクションが、仲がよいか、と言うと、犬猿の仲です。都市計画の者は、衛生工学を汲み取り業者と思っていますし、衛生工学の者は、都市計画をビルの模型しか作る能のない馬鹿だと思っています。私もその例に漏れず、前述の森村道美助教授以外は認めていませんでした。


ところが、「The research club of children’s play and town」の仕事は、厳しい現状認識に裏打ちされた中にも遊び心があります。「これは、都市計画を見直さなければならないな」と私は感じました。それを教えてくれたF女史を愛さないで居られましょうか?都市計画と衛生工学はベターハーフなのですから、私と彼女もベターハーフだと勝手に思いました。ちなみに研究会は、都市工学科とは直接のつながりはありませんでしたし、F女史も東大出身ではありません。


@激しい愛の戦い


 研究会に遊びにいきました。F女史は彼女の故郷・X県の葡萄でもてなしてくれました。楽しいひと時でした。お互い、なんの齟齬もなくこのまま交際は続くと思いました。例えば、「教育的視点から、川の調査をする時には、下流から歩き始めたらよい」と言う話を私がしたら、彼女は真剣にノートを取っていました。川は、下流に行くほど汚れ、川を下る人は下るほどに「汚い」というイメージが蓄積されるからです。それなら、水源の清冽な流れに最後に会うほうが良いに決まっています。お互い、それぞれの専門分野から、エッセンスを伝え合えたのです。しかし二人の歩いた道は、茨の道でした。研究会のメンバーに、森村助教授の研究室に在籍している院生がおり、私と彼が二人きりの時、対話をしていたところ、突然かれが吐き気を催しました。おそらくは、私の話の情報量に辟易したのだと思います。


後日私はF女史に「彼は人前でゲロをはくなんて失礼なやつだ」と話しました。彼女はすぐさま、「なんでそんな無慈悲なこと言うのよ!」と激しく私を非難しました。勿論彼女はその場にいなかったのですから、真相は知らないはずです。こっちが真剣に話をしているのに、それを拒否する彼を、私は非難した訳で、ゲロについて非難したのではないのです。でも、彼女は「どんな状況でも人としての優しさを忘れてはならない」と言いたかったのだと思います。私は反省し、F女史も私を許してくれました。これについてはOKです。


その前後、こんなこともありました。私が研究会の近くの商店街で買ってきた食用菊をほぐして研究会の部屋に広げて帰り、また研究会に来た時、菊は無惨にも庭に捨ててありました。私は、中学時代の母親のことを思い出しました。F女史と重なりました。愛憎相半ばする感情・・・私は書置きをして帰りました:「菊は乾いたようなので持って帰ります」まあ、これもOKです。でも難問が一つありました。


 実は、出会った際、彼女F女史はすでに同棲相手がおり、結婚を前提に付き合っていたのです。「そこに割り込めるのか?」と言う絶望的な気分になりました。彼女に誘われ、研究会主催の「お祭り・餅つきイベント」に参加しました。彼女の姿が見えず、どこかな?と思いつつ歩いていると、向こうから彼女がやって来ました。お互い、相手を探していると相手に気づかれるのは恥ずかしかったからなのでしょうか、すれ違いました。


 F女史は多才な人で、作曲もしますし、ピアノも演奏します。その彼女が同棲相手の彼のギターと協奏しているのを聞いた私は絶望的な気分になりました。私は楽器の演奏は全くだめなのです。これほど悔しいことはありません。やけくそで餅を搗いていました。


 そして、イベント打ち上げコンパになりました。研究会代表のG氏いわく:「Fさん、森下さんをみんなに紹介したら?」
 F女史:「なんで私が紹介しなきゃならないのよ」
 私:「では、自分で自己紹介します。」
F女史が自分についてこう言いました:「私だって女なんだからね!」間髪をいれずに私:「へー、あなた女だったの、知らなかったな」
 音楽の話題になった時、私:「小椋佳もいいね」間髪をいれずに彼女:「わたし、小椋佳は暗いから嫌い」
   これらのやり取りも、恋する者にとってはそれなりに楽しいものです。わざと互いを挑発しあうのですから。


 コンパも終わり、お別れタイムです。私は行動が早いので、研究会の建物からすばやく外にでて、彼女を待っていました。ところが彼女は私がすでに立ち去ったと思ったのでしょうか、同棲相手の彼にもたれかかりました。私はそれを見た時「見せつけるために俺を呼んだのか」とはらわたが煮えくりかえる思いで、さよならの挨拶をすると、一人さびしく帰路に付きました。お互い、若かったのです。女性が複数の男性に求愛されることはよくあることですし、F女史も迷っていたのです。


(今回ブログは拙著「東大えりいとの生涯学習論」の一部抜粋です。)



  (続く)



遊びと街のエコロジー (エコロジー 建築・都市)

遊びと街のエコロジー (エコロジー 建築・都市)



今日の料理


@春菊(菊祭)のサラダ






タキイ種苗から買った、サラダ用春菊、「菊祭」につぼみが付き、食べごろになりました。収穫後、よく洗って塩を振り、30分ほどたって一回水で洗い、マヨネーズで味付けしました。通常の春菊より柔らかく、癖がありません。

 (2014.06.01)





今日の二句


黄金色
等しく来る
麦秋





5月末から6月にかけて、冬を耐えて成長していた麦たちが実り、一斉に黄色く(=黄金色)に染まります。いつみても美しいです。なお、類句が以下のエントリーに記載してあります。


http://d.hatena.ne.jp/iirei/20100531#1275301905


 (2014.05.30)




群れつどう
蛙(かわず)四匹
いじめあり





夕刻、庭の水道の台の上に蛙(アマガエル)が4匹乗っていました。これだけの密度で蛙がいるのは珍しい。ただその内の一匹が、色が異なり向きもあさってなので、このありさまを「いじめ」に喩えました。

 (2014.06.01)



今回ブログとは関係ありませんけど、教えてもらった曲「ゴセックのガヴォット」を載せます。