虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

ツンデレ大王・海原雄山〜「美味しんぼ」における父親像

 「美味しんぼ」は、むかしむかし、よく読みました。料理に関する知識と人情の機微を教えてくれるので、なかなか有益なマンガだったと思います(なお、原作に極めて忠実にアニメ化もされました。)掲載誌は「週刊スピリッツ」。ただ、さすがの長期連載、コミックでは優に100巻を数えますが、私が読んだのは30−35巻くらいまでだったでしょうか。


 このマンガの大きなテーマとして、一人の女性を巡る夫(海原雄山)と一人息子(山岡士郎)の葛藤があります。士郎は東西新聞の記者で、その鋭敏な味覚と食の知識を買われ、「究極のメニュー」という会社の威信をかけた企画の担当に、新入社員の栗田ゆう子とともに任命されます。そして、士郎と「敵対関係」にある雄山は、ライバル紙・帝都新聞社の「至高のメニュー」の担当になり、鎬を削る(しのぎをけずる)のです。(士郎は、母が雄山の理不尽な要求のため早死にしたのだと思っているのです。)


 この海原雄山というおじん、高圧的で、ある意味わがままな人です。専門は陶芸ですが、書もよくし、なにより美食家なのですね。「美食倶楽部」という高級料亭も主宰しています。そして、この人、人をめったなことでは褒めません。ただ、彼流の褒め方はあります。


 美食倶楽部の料理人の一人が、独立してハンバーガーショップをやりたいとしたとき、雄山は激怒し、「あんな下品な食べ物を扱うとは何事か」、と追い出します。ただ、士郎のアドバイスもあり、抜群に美味しく仕上げ、雄山に差し入れるのですが、これを食べた雄山は、その美味しさに夢中になり、気が付くと手が汚れていました。「だからこんな下品な料理は嫌いなのだ」と酷評しつつも、料理人が漬けた沢山のピクルスをトラックに積んで新店舗に持ってきて、「お前の漬けたピクルス、邪魔になるから置いていくぞ」と言って去ります。この言葉を聞いた料理人、「先生がお祝いの祝福をしてくださったのだ」と感激します。


 このように、否定的な言辞を弄しながらも、実は祝福するという態度を雄山は取ります。このような態度は「ツンデレ」と言いますね。一見嫌いなような素振りを見せながらも、実際は好きというような態度です。Wikiの記述では「「初めはツンツンしている(敵対的)が、何かのきっかけでデレデレ(過度に好意的)状態に変化する」、「普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつく」、「好意を持った人物に対し、デレッとした態度を取らないように自らを律し、ツンとした態度で天邪鬼として接するような態度である。」・・・とあります。


「元々はギャルゲーの登場キャラクターの形容に用いられるおたく用語であったが、2005年頃からはおたく以外の人々の間でも使われるようになった。」・・・ともあります。


 息子の士郎との関係もだんだん好転していきます。コミック76巻では、雄山が交通事故に遭い、生死をさ迷う重症になったとき、折りわるく美食倶楽部は重要な賓客を迎える時だったのですが、士郎が替わって料理の総指揮を演じます。マトン肉の扱いかたについて、倶楽部の料理人は苦慮していましたが、士郎は推測して、的確なレシピ(時間をかけたロースト)を採用します。でもそれは雄山の意図していた料理とは仕上げが微妙に異なりますが、その一味(ひとあじ)を改良してほぼ同一の料理を賓客に出すことになります。(マトンをローストする過程ではちょっと失敗して、士郎は雄山に叱責されます。ここが唯一のミスでしたが、修復可能なミスでした)


 雄山はこう言います:「こんなに不出来な料理を自分が出したというのは恥ずかしいから、お前が料理人として賓客たちに挨拶しろ」と。でも、この言葉もツンデレで、一定のレベル以上の料理を出した士郎を称えているのですね。さらに、その士郎が考えていた一味を使っても、「あっさりした味付けを好む人もいるかな」と一人ごちします。(ちなみに、雄山が考えていた一味は「腐乳:フールー」、士郎が考えたのは八丁味噌でした。)


 雄山、士郎ともほんとに男だなと思います。人間関係の組み立て方が非常に不器用。そこで重要になるのは、山岡士郎の妻となった山岡ゆう子(旧姓・栗田)。人間関係において「ここぞ」と考えた場合、臆せず士郎に直言します。(彼女は、雄山にも、その鋭い味覚や人柄について、信用されているのです。)事故で重態になっていた雄山のもとに、「むりやり」士郎を連れて行き、雄山に対して、士郎から「おやじ・・・」というモノローグを引き出します。その一言が雄山の蘇生に効果があったのです。このエピソードがこの物語のターニングポイントです。


 マンガは‘08年5月26日号で、親子の相克は一段落し、あとは余禄という感じで描き続けられているようです。料理対決終了後、雄山が「このワインが飲みごろになったら飲もう」との誘いがあり、その飲み頃は「今でしょ」という人がいて、士郎はゆう子に連れられて美食倶楽部に出向きます。そして、雄山にとっては妻、士郎にとっては母の女性の写真の前で一献飲み交わすのです。(102巻目収録)


もっとも最近は、福島第一原発事故が食に与えた影響を検証する、という線で続けているようで、2014.05.12のニュースでは、マンガ上で「福島には住むべきではない」という論陣を張って、福島県と対立していると報じられました。その後、どうなったかは、ご存じの通りです。また、「美味しんぼ」のアニメを放送していたのは日テレ=読売新聞系であり、原発推進の考えを持つこのメディアの連中、ナベツネなどは、原発関係で「飼い犬に手を噛まれる」といった感慨を持ったことでしょう。



今日の一言:美味しんぼは、その社会的影響力が他のグルメ漫画よりはるかに大きく、いろいろな波紋を呼びましたし、私は負の影響を与えたと思った事例もあると思いますが、それなりに立派な作品であることは論を俟ちません。


参考過去ログ

 http://d.hatena.ne.jp/iirei/20060115
  
  :潮風の贈り物

 http://d.hatena.ne.jp/iirei/20080110

  :フグの白子はタラの白子より美味いか?・・・「美味しんぼ」への挽歌



美味しんぼ (76) (ビッグコミックス)

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美味しんぼ 102 究極と至高の行方 (ビッグコミックス)

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ドライブご飯 絶品B級グルメ編 (芳文社コミックス)

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今日の料理


@ブリのムニエル



切り身のブリに、塩、ナツメグを振り、小麦粉をまぶし、バターで炒めました。案外、肉だけではなく、風味の強い魚の矯臭に、ナツメグは有効なようです。

 (2014.05.24)




今日の二句


チガヤ



銀白の
犬の尾のごと
そよぎけり


イネ科の草にも美しいものがあるようです。このチガヤなどはその代表でしょう。

 (2014.05.27)




蝶三羽
愛憎満ちて
舞いにけり


モンシロチョウの恐らく2羽(雄)が1羽の雌を争っているのを見て。三角関係というのは動物界にもあるのだと思い至りました。

 (2014.05.28)