虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「害虫の誕生―虫からみた日本史」(書評)

 この本(ちくま新書)は、よくある害虫駆除の実際を書いた本ではありません。人間の持つ文化と虫たちの交渉史とでも言えますか。著者は瀬戸口明久(せとぐち・あきひさ)氏で、京都大学理学部・生物学科を卒業後、同大学文学部・科学哲学科学史科を卒業した経歴の持ち主で、現在大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。生命科学と社会の界面の生じる諸問題について、科学技術史と環境史の両面からアプローチしている・・・と紹介にあります。


 この本の1、2章は、農業に関する害虫の話が論じられています。近世以前から、農民たちは、イネの害虫・ニカメイガについて、この虫は「自然発生する」もので、日頃の自分たちの態度がわるいことに対する「天罰」だと思っていたのです。そこでは呪術的な「虫送り」や「加持祈祷」などがおおっぴらに成されていました。ただ、欧米に「迷信によらない」害虫駆除法(応用昆虫学)が次々の発案されると、明治政府は積極的に導入を図ります。


 担当の役所としては、1877年(明治10年)に設置されたばかりの内務省勧農局でした。ただ、現在でも名の残っている昆虫学者としては、民間の名和靖氏が有名で、政府の援助で研究所を運営し、官憲・・・警察官の啓蒙活動を行ないます。つまり、「害虫駆除に関する勉強会」です。・・・何故に警察官?・・・これは農民たちが「誤った防除法」をしているのをその場で取り締まり、「正しい防除法」に転換させるという狙いがあったのですね。一時期「サーベル農政」という言葉が人口に膾炙したそうです。これに対し、昔からの害虫観をもつ農民たちは、あちこちで騒乱を起すのです。もっとも、名和氏は柔軟な方で、おまじないをする農民の行為を、頭から否定しない態度を取ったそうです。


このような経過をたどって新しい害虫観が広がっていったのです。


第3章は、蚊、蝿などの、伝染病を媒介する「衛生害虫」についてです。このうち、蚊についてはハマダラカの分布域と、マラリアの分布域が重なることから、1889年、ロナルド・ロスマラリアの媒介メカニズムを解明し、1902年のノーベル医学・生理学賞を受賞しています。蚊が媒介する病気は実に多く、衛生害虫の代表格なのでしょう。ただ、実際に試みられている、この蚊を根絶しようという企図は、徒労に終わるだろうと予想されますね。


 一方、蝿については、瀬戸口さんはある意味「擁護」しているように見えます。蝿が衛生害虫だったことは、コレラを媒介することで明らかなようですが、ほかの側面からすると、蚊ほど目の敵にするほどもない、と思われます。ただ戦前よく開催された「衛生展覧会」という企画では、蝿を狙い撃ちにする展示が目立ったとのこと。あわせて「蝿取りデー」の実施。沢山捕獲したものには景品を出す、といったような。ただ、私が援農に行ったことのある2軒の農家では、蠅については、なんら気にせず、料理を蠅の飛び回り、くっつくことについて無頓着でした。


 そして、コレラ患者を排除・隔離するという行為とともに、蝿がいない「美しい」都市が標榜され、コレラが発生するような不潔なスラム街に住む人々を追い出し、その「美しい」都市を生み出そうという身勝手な行動を政府が取ったというのが大事でしょう。寺田寅彦氏が「自由画稿」のなかで書いているそうです。人間は、蝿と共存すべきなのだろうと。蝿は、人間が「害虫」としたおかげで「害虫」になったようです。ゴキブリもその口で、ゴキブリが野外で生活していたころは「コガネムシ」とも呼ばれていたそうです。


第4章は「昆虫」と「戦争」についてです。農業に関しては、害虫に対抗する天敵の導入、誘蛾灯の設置(実用化は戦後、東芝が技術協力する)などの食糧増産の試みがあります。


 そして、これからが大事なのですが、第一次世界大戦の副産物としてあった「クロルピクリン」は、本来毒ガスだったけれども、土壌燻蒸剤として「平和利用」されたのですが、このような「毒ガス」⇔「農薬」のルートが発見されると、人間は「我も我も」と同じ行動に走るのですね。そしてナチス・ドイツが開発したのが「有機リン系農薬」と「サリン」を代表とする「毒ガス」です。一方アメリカも、有機塩素化合物の「2,4-D」のような強力な除草剤を開発し、のちに「枯葉剤」としてベトナム戦争に使ったのです。この薬剤の中にダイオキシンも含まれ、ベトちゃん・ドクちゃんのような奇形の子供がベトナムで多数生まれたのですね。


 日本がアメリカに劣っていた点が一つ挙げられています。それは蚊の駆除用にアメリカがDDTを持っていたのに対し、日本は持っていなかったという点です。持っていれば、おびただしい兵士がマラリアで命をおとすことはなかったろう、とのことです。(もっとも、このDDT、人体への毒性も強いので、現在は使用されていません←後進国では使われているかも知れませんが)


また、戦時中はアメリカで相手国国民(つまり日本国民など枢軸国陣営の国民)を「毒虫」と呼ぶことが行われました。虫であるなら、ひねり潰すことも可能であるという非人間的な行為がありました。その意識が原爆につながる・・・?日本の場合は、社会風刺のため「虫合戦物」が行われていたそうで、「虫」を殲滅するというお話ではどうもなかったようです。


結語として次の一節を引用します。

現代の害虫防除技術の多くは「エコロジカル」なものも含めて、産業化した農業の産物なのである。「技術」とは単なる道具ではなく、技術そのもののなかに社会的な次元が入り込んでいる。したがって「自然にとって望ましい技術」について議論する際には、「技術」のみを切り離して評価するのではなく、農業のあり方のような社会的な次元についても考えていく必要があるだろう。


 このように「望ましい自然」「自然にとって望ましい技術」について考えるということは、じつは私たちの社会について考えるということなのである。


今日のひと言:瀬戸口さんは、戦争につかわれた化学兵器生物兵器、ならびに農薬の類いについては、中立な立場をとる、と書いていましたが、モンサント社のような「トンデモない」企業の跋扈も許すのでしょうか?そのへんが疑問です。「中立な科学はあり得ない」と私は確信しています。


なお、最近話題のSFTS重症熱性血小板減少症候群)なるマダニが媒介する致死率40%超の病気が気になっています。このケースも虫との付き合い方の一例なのでしょう。夏に園芸作業をしたり犬の散歩をする際、厚着をしなければなりません。


害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)

害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)

食品工業と害虫―混入異物としての虫

食品工業と害虫―混入異物としての虫


今日の料理



ニジマスクレージーソルト



ニジマス(虹鱒)は養殖が容易で、私が昔、山暮らしをしていたころも、近所にマス池があり、よく虹鱒のから揚げを買ってたべたものです。骨まで軟らかく火が通っているので、一匹丸ごと食べられました。美味しかったなあ。今回作ったのは、クレージーソルトを使った安直なレンジ調理ですが(わが家には現在、グリルとかオーブンはないので仕方なく・・・)、まずまずの出来でした。

 (2014.02.24)



鶏もも肉グリーンカレー



もも肉をブロックに切り、永谷園の「グリーンカレー風チキン」という副調味料で炒めました。弟が調理。

 (2014.02.24)



@金柑(きんかん)の甘煮



id:kotonikoさんが掲載していた記事を見て。金柑を洗い、竹串で一個につき数カ所穴を開け、下ゆでする。金柑:砂糖(私の場合は甜菜糖):水を2:1:1にとり、(レモン汁・塩を少々加え)圧力鍋で沸騰後5分で火を止め、自然に冷ます。生の金柑では味わえない優しい風味。

 (2014.02.25)



@ウドの葉入りサンドイッチ


よくサンドイッチにレタスが使われますが、私はこの食材がさほど好きではなく、代わりにウドの葉を入れたら、なかなかの風味になりました。他の具材はソーセージ、竹輪の磯辺揚げ(少々)、マヨネーズ、ケチャップ、チューブ辛子。

 (2014.02.26)





今日の二句


心地よい
ジャズの音色で
まどろみぬ


ジャズは優しい音楽ですね。好きな曲が多いです。

 (2014.02.24)




雪が降れば
屋根屋が
儲かる


・・・これは俳句ではなく、5・7・5でもありませんが、今度の雪害を考えると、思い当たる人も多いでしょう。我が家でもアンテナが倒壊し、瓦が割れた虞があるので、業者に見てもらいます。「風が吹けば桶屋が儲かる」という成句のもじり。

 (2014.02.27)