水上勉の「海の牙」〜社会派推理小説・水俣病
「海の牙」は、熊本県水俣湾で発生した水俣病をテーマに書いた中篇推理小説です。この作品、まだ学会では水俣病の原因が不明確だった時、原因は「水銀」であるという主張をしています。(作品中では、原因は「メチル水銀」であるという確定した定説はまだ出ていなかったようで、「水銀」としていました。)
作品中では地域名、人名、会社名はちょっと書き換えられています。「水俣」=「水潟」、「チッソ株式会社」=「東洋化成工業」、「熊本大学」=「南九州大学」と言った具合です。
水俣市の警察医・木田民平は、ちかごろ急速に増えてきた原因不明の病気に忙殺されています。その時、東京の保健所勤務の医師・結城宗市が水潟にやって来ます。木田とは一回会い、東洋化成工業に、工場の様子や各施設の見取り図を書くことを依頼し、工場も協力しますが、その後結城は行方不明になります。
ここで、推理好きの木田と警部補の勢良富太郎がセットになって、この失踪事件の解明に乗り出します。シャーロック・ホームズとワトソンみたいに。結城の滞在と同時期に、北都大学の工博と名乗る浦野幸彦とその助手である錦織季夫の二人組も水潟に来ていて、木田と勢良はこの二人を追っているうち、カラスも奇病でばたばたと死ぬ山の人跡希な道中で、結城の無残な遺体が発見されます。
結城の行方不明を受けて、その妻・郁子が水潟に訪ねてきますが、彼女本人もこの事件の背景を知っているらしく、一時身元不明になってしまいます。
先ほど挙げた2人組とは違う2人組も登場し、話は錯綜とします。なんだか、謎の迷宮に足を踏み込んだような錯覚に囚われます。背後には「東洋化成工業」のライバル会社「佐木川工業」の顧問弁護士・寺野井正蔵とか代議士・北大路など、東京の大物が糸を引く状況が語られます。
まあ、この作品は推理小説、ミステリーですから、 ネタバレはよろしくないので、この稿では、これ以上触れないようにします。それなりに読める作品です。
今日のひと言:社会派推理小説というジャンルは水上勉氏が開拓した感のあるものですが、この「海の牙」の場合、水俣病の告発が主目的か、それともエンタティンメント(娯楽作品)か、評価の分かれるところですが、私は水上さんの「告発」であると思います。本稿のはじめに触れたように、学会ではまだ水俣病の真因が究明できていなかった時点での「水銀」犯人説、腹を括って書かなければならなかったでしょうから。
以下は余談ですが、自民党の代議士をやっていた今東光が、水上勉を評して「あんな奴、一休の足の裏を舐めているだけだ」と、水上氏の作品「一休」を貶していたことがあり、これは、左寄りの作家だった水上氏を、自民党の保守政治家だった今東光が必死に貶めようとしていたように思えます。
「海の牙」1960(昭和35)年、水上氏41歳の著作。直木賞候補作、第14回探偵作家クラブ賞を受賞。
今回読んだのは「昭和国民文学全集34 水上 勉集」筑摩書房 でした。
@水銀(Hg)は常温で液体の唯一の金属元素(原子番号80)。金(Au:原子番号79)より重いのです。そして水銀には、金や銀と「アマルガム」という形で溶け込ませるという性質があり、これは奈良の大仏造営の際、アマルガムを仏像の表面に塗って、あとで加熱して水銀を蒸発させるという工法に応用されましたが、さぞや作業員の健康を蝕んだことでしょう。
あと、水俣病の場合、水銀がアセトアルデヒドを作る触媒とされましたが、これが劣化してメチル水銀となったのは、周知の事実ですね。ほかにも体温計、蛍光灯などの用途も広く、たしかに便利でしたが、その毒性に鑑み、水俣条約が成立しました:
「水俣病と同じような被害を繰り返してはならないという、決意を込めて名づけられ、2013年1月19日にジュネーブで開かれた国際連合環境計画(UNEP)の政府間交渉委員会にて、名称を「水銀に関する水俣条約」とすることを日本国政府代表が提案し、全会一致で名称案を可決した。
条約は熊本で2013年10月7-8からの準備会合を経て、2013年10月19日に採択・署名(熊本市)された。」 (wikipedia)
水上勉に関する過去ログ
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20100829
:土を喰う日々(書評)・・・水上勉の「食」エッセイ
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20121210#1355134294
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20130915#1379241154

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今日の料理
@マッチャンの炒めもの
マッチャンは、韓国の植物で、カボチャの仲間。ほぼズッキーニと同じような食感ですが、より柔らかいような・・・ゴマ油+ナンプラーで。今年、この植物は日陰で育てたので、この一本しか取れませんでした。写真は種苗会社(サカタのタネ)の包みから。(調理前に写真を撮るのを忘れました。)
(2013.11.12)
@安納芋(あんのういも)の焼き芋
安納芋は鹿児島・種子島特産のサツマイモ。皮は褐色で小ぶりな芋ですが、焼き芋にすると、身がオレンジ色に近く、とてもスイートで美味な芋です。我が家にはパン焼き器が石焼き芋用にもなるので活用しています。
(2013.11.13)
今日の一句
皇海山
雲を従え
どっしりと
もう一句
山肌が
夕日に映える
皇海山
皇海山(すかいざん)は、足尾山地の2000m超の名山。以前もこの山について詠んだことがあります:「鵬の 翼広げし 皇海山」
(2013.11.11)