虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

ビタミンF(重松清)と家政学

 重松清の「ビタミンF」は、2001年下半期の直木賞受賞作の7編の短編を集めた本です。彼は1963年生まれですから、受賞当時37歳だったことになります。実際、ビタミンFの収録作品は、当時の彼のような、アラフォー男性がテーマになります。


 隣家の不良になりそうな子を諭す話(「ゲンコツ」)、悪い男と付き合い万引きに手を染める娘の話(「パンドラ」)、一旦自分の都合で父と離婚した母が再びその父と寄りを戻す話(「母帰る」)など、いろいろなバリエーションがあり、(ただし、中心はアラフォー男性)これは「家政学」の実例の宝庫かとも思いました。


 それらの作品のうち、「なぎさホテルにて」がもっともユニークな作品かと思いますので、紹介してみます。幼い兄・妹・・・俊介、麻美(まみ)を引きつれ、妻である久美子と「なぎさホテル」にやってきた達也は現在37歳。久美子とは極めて円満な家庭を作りながらも、彼には気になっていることがありました。


 それは、20歳のころ、恋人だった有希枝とこのホテルに来て、「手紙のタイムカプセル」に登録し、お客の指定した時期に、その手紙を送るという趣向でした。達也は、現状に決して不満を持っているのでもなし、また、妻の久美子についても不満を持っているわけでもなし・・・「何か違う・・・」と思って悶々としていたのですが、その空気はすぐに
久美子にはわかり、「ねえ、私たち、離婚したほうがいいんじゃない?」と達也は迫られていたのです。


 家族分裂の危機・・・もしも、有希枝もこのホテルにくるんじゃないか、との淡い思いは叶わず、ものごとの顛末を妻・久美子に伝えるようになりますが、久美子はここで達也を許しちゃうようなのですね。粗筋はここまで。


 でも、このシチュエーションで、夫婦仲が決定的に悪くなる可能性のほうが、あっさり妻が納得する可能性より大きいと思います。重松清の作品の場合、アラフォー男性にとってちょうど良いような結末になることが多いようなのです。家政学的にはそんな旨い(美味しい)状況は考えられないでしょうね。


 いわゆる「予定調和」です。これは読者におもねっているのかどうかは解りませんが、「結果オーライ!」という話が多いようです。結果として「ちょっといい話」と読者にかすかな感想を抱かせることはできても、人生の指針になるような「大小説」は書けないのではないかと思います。「平和な日本」ならではの小説であろうと言えましょうか。


 アラフォーの夫婦と、小学生から高校生くらいまでのこどもが2人・・・これが重松清の小説の基本的な構成員であり、そこから想像力を発揮して、「家族の標本」を収集する、といった感じもあります。そのパターンの事例は面白いと思いますが、逆に言えば「視野が狭い」とも言えると思います。重松清が、より想像力が豊かなら、60代の男性の話をも書けるのに、書くのは自分の年齢に引き付けられた人物の姿だけなのでしょうから。家政学をもっと学ぶべきですね、重松さん。


重松清について(wikipedia

岡山県久米郡久米町(現・津山市)の生まれ。中学、高校時代は山口県で過ごす。山口県立山口高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。


角川書店の編集者として勤務(みうらじゅんなどの担当をしていた)、後にフリーライターとして独立する。ドラマ・映画のノベライズ、雑誌記者、ゴーストライターなどなんでも手がけた(その当時の名は田村章で、北野武監督の『キッズ・リターン』や『あしたいのちはもっと輝く!』などの小説版を執筆した)。ほかに岡田幸四郎など20以上のペンネームを持ち、その中には女性名・外国人名も含まれるという。岡田有希子が自殺の4日前に出版したフォト&エッセイ集『ヴィーナス誕生』も、文章部分は(聞き書きによって)重松が代筆している。


学校での子供のいじめ不登校家庭崩壊と子供など、現代の社会問題・教育問題・家庭問題の中で、小説で取り上げられることの少なかった子供のいじめ問題をルポルタージュばりの鋭い切り口で取り上げてから、一躍注目を浴びるようになる。


ファイナルファンタジーシリーズ』で有名な坂口博信が手がけるXbox 360用のゲームソフト『ロストオデッセイ』においてサブシナリオを担当する。


2007年度の第74回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲(めぐりあい)の作詞を担当した。作曲は高嶋みどり。


山本周五郎賞講談社ノンフィクション賞選考委員。


今日のひと言:(著者はあとがきで)ビタミンFとは・・・実際にその名のビタミンはあるけど、FとはFamily、Father、・・・Fiction  などあるうち、Fiction、だとしていますが、私はどう読んでもFamily であると考えます。人間関係の潤滑油としてのビタミン。


ビタミンF (新潮文庫)

ビタミンF (新潮文庫)

モナ・リザの家政学

モナ・リザの家政学


今日の料理


@ラム肉の牛丼風



弟の料理。ラム肉と牛肉は持ち味が似ているので、牛丼風にしあげました。

 (2013.10.17)



@サゴシの塩麹漬けの焼き魚



サゴシの完成形はサワラ(鰆)、いわゆる出世魚の一つです。淡泊な味の魚なので塩麹漬けは合うようです。

 (2013.10.20)




今日の詩


@未来予測



こちらの空き地、
春には、
青いっぱいになるだろう、
オオイヌノフグリで。



さて、こちらは、
春には、
黄色いっぱいになるだろう、
菜の花の花で。


たぶん当たるよ、
この予測。

 (2013.10.17)