虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

画家・中村彝(つね)と詩人・エロシェンコ

中村彝・・・この難しい漢字を名称に使う画家は、しかし、私のこころの琴線にふれる作品はあまり描いていません。全体的にくすんだ感じの油絵で、印象に残らないのです。ただ、「エロシェンコ氏の肖像」については、一目置きます。


エロシェンコ氏の像」

(この画家について、コンサイス日本人名事典で引いてみると、)

1888−1924  明治・大正期の画家。軍人を志して名古屋幼年学校に入学したが、胸部疾患をえて退学。療養中に洋画家を志し、1906(明治39)上京して白馬会研究所に入った。(中略)レンブラントルノアールに私淑し、着実な写実的手法で期待をよせられた。(中略)1919年帝国美術院推薦となり、翌年「エロシェンコ氏の像」を帝展に出品し、世の絶賛をえた。(中略)1921年以降療養に主眼をおきながら、制作をつづけ、しだいにルノアール風の画境を脱し、むしろセザンヌの影響の認められる幾何学的構成を探求したが、その完成をみることなく病没した。


この作品のモデルとなっているのは盲目のロシア人青年エロシェンコ(1889−1952)です。魯迅(ろじん)の短編にも登場するエスペランティストの詩人で、1914年に初来日。その後アジア諸国を放浪し1919年に再来日、新宿中村屋に身を寄せていました。当時彝が傾倒していたルノワールの作風を思わせる柔らかい筆づかいが特徴的です。色彩は黄褐色系のごく少ない色数だけで描かれています。穏やかな光に包まれながらも、モデルの深い精神性が浮かび上がる作品です。川路柳虹長谷川如是閑などの識者に激賞されています。

画像・エロシェンコ氏の像についての説明は
http://www.momat.go.jp/Honkan/Important_Cultural_Property/index.html  より。なお、この作品は国の重文の指定を受けています。


私が中学生のとき、画集でこの絵を見たとき、モデルがなんだか高貴な人であるかの様な印象を持ったことがありますが、その考えはあながち間違えではなかったようですね。もっとも、その当時「帰ってきたウルトラマン」で主役を張っていた「団時朗:だん・じろう」さんのハーフでもある彫りの深い顔に似ているので、なおさら印象に残ったということもありますが。


盲目で放浪する詩人エロシェンコエスペラント語を繰るエロシェンコ。いかにも自由人といった感じです。この人について、今度はコンサイス外国人名事典で調べてみると

1889−1952 ロシア生まれの盲目の詩人・童話作家。1915年来日、大杉栄長谷川如是閑らと交遊、日本語・エスペラント語等で作品を発表。日本語の作品には「夜明け前」等がある。


さて、そのエロシェンコのその後ですが

演説の途中で警官たちが「注意」とも「中止」とも叫ばなかったのは、エロシェンコの言葉が「扇動的」ではなく情緒的かつ詩的で気勢を削がれてしまったものか、あるいは「金髪の外国人」には弱かった当時の卑屈な官憲の姿をさらけ出したものかは不明だが、「演説中止」の声もかからず、エロシェンコは最後まで邪魔されずに語り終えている。


 おそらく、当時の学生や知識人の間でエロシェンコがことさら注目されたのは、彼がロシア人(ウクライナ人)であること、1917年(大正6)に母国ロシアでブルジョア革命をほとんどすっ飛ばすように社会主義革命が成功していたこと、そして中村彝『エロシェンコ氏の像』が注目されたことなど、いくつかの要素が重なったからだろう。エロシェンコ知名度が上がり、さまざまな講演や集会へ呼ばれるようになるにつれ、警察では「ボルシェヴィズムの宣伝」をする危険なロシア人として、国外追放の準備を進めることになる。


日本からウラジオストックへ追放されたのち、エロシェンコは中国へとわたり上海や北京に姿を現している。同時に、日本での作品を上海で知り合った魯迅とともに、中国語へ翻訳する仕事をスタートしている。中国に滞在したのは、1922年(大正11)2月から翌1923年(大正12)4月までのわずか1年と2ヶ月で、その後、革命後のロシア(旧・ソ連)へ帰国しているようだ。エロシェンコが日本人によって目撃されたのは、1927年(昭和2)11月7日にモスクワの赤の広場において、たまたま出会った秋田雨雀が最後のようだ。

http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2012-02-17 より。

 

今日のひと言:たとえどんなに精神性が優れた人物でも「危険人物」とみなす・・・当時の日本の歪んだ姿が垣間見えるようです。知日派エロシェンコ追放とは・・・


今回のブログは、「引用」ばかりで申し訳なし。私は「資料にものを語らせる」という態度を良しとする傾向もありますので、今回はそんな感じのブログだと思って頂ければ幸いです。

中村彝

中村彝

エロシェンコ童話集 (偕成社文庫)

エロシェンコ童話集 (偕成社文庫)


今日の料理


@豚肉の角煮



昔、東大病院付属食堂のメニューだった「沖縄定食」、その中心は豚の角煮でしたが、大変美味しく、その味が忘れられなかったので、私もたまに作っています。脂身の多い豚ばら肉ブロックを2,3切れに切り分け、醤油・塩・砂糖と水に加えて、保温調理鍋シャトル・シェフ)で気長に2時間ほど煮て、それを2,3日に分けて加熱し、終わりごろ「八角スターアニス」、「胡椒」、「シナモン」、「ナツメグ」、「タイム」などを加えてもう少し煮て完成。納得の一品です。(クローブがあればなおさら良し)


この料理は「東坡肉」(とんぽーろー)と同じものかどうかは今一つわかりませんが。なお、この料理を圧力鍋で煮るという調理時間節約のレシピもありますが、脂でギトギトになりそうなので、私は使いません。

 (2013.09.28)


今日の一句



古桜
幹より生えし
イノコズチ


老木になった桜の幹の一部がくぼみ、土が溜り、そこに雑草が生えているさま。なんだか幽玄だなあ。

(2013.09.28)