虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

ハイジ〜アルムおんじの魂の遍歴

 2013年1月23日、郵便局が以前からやっている「アニメ・ヒーロー・ヒロイン切手」第19集「アルプスの少女ハイジ」10枚組セットが発売されました。もともと切手マニアだった私は絵柄も良いことだし、1シート買ってみました。そこで思い出したのですが・・・


 この作品は通常、主人公のハイジの成長過程を描いたものと言われ、作者のヨハンナ・シュピリ(スピリ:1827−1901)は、みずからの人生と絡めて、ハイジの精神的・全人格的な成長を描いていくとされますが(こういう作品を教養小説:Bildungs Roman)といいます)、あるブログで(誰のだったかは忘れましたが)、「この作品はなにより、アルムおんじ(おじさん)の魂の遍歴を描いている」と言うのです。それじゃあ、というので図書館から「アルプスのハイジ」(スピリ:原作 岡上鈴江:訳;金の星社)という児童書を借りて読みました。児童書とは言え、分量はあり、読み応えがありました。


 まず、アルムおんじは、ハイジがくるまで高い山の上で一人で暮らしていました。下界のデルフリ村での評判は最悪で、彼が軍隊にいたころ、戦争行為ではなく個人的な問題で殺人を犯したという定評があったのです。まれに村に降りると、村人が避けてしまうほどだったのです。また大工でもある彼は一粒種の息子トビアスに大工仕事を手引きしますが、事故で息子は亡くなります。その子供のハイジは、実母にも先だだれたため、母の妹のデーテが育てていました。でも仕事のために面倒が見られなくなったため、アルムおんじのところに連れてきたわけです。ときにハイジ5歳。


 可哀そうに、ハイジは父なし、母なしのほとんど天涯孤独の身の上だったのですね。でも、アルムおんじは、デーテから引き取ったハイジに、素朴ながら、十分なもてなしをしてあげます。アルプスの大自然にも慣れたハイジは、自然児として育っていったのです。でも、ハイジにも学校に行く年齢(7歳)がきて、村の学校に通わせるように、牧師からの勧誘がきますが、おんじは断ります。ただ、おんじもこのころにはヤギ飼いのペーテル(アニメではペーター)の実家を直してやる、という風に、利他的な行為もするようになります。


 ただ、ここに転機が訪れます。デーテ叔母さんがフランクフルトの大商人の娘・クララ・ゼーゼマンのもとに、勉強仲間、遊び仲間としてハイジを連れていってしまうのです。おんじは「勝手にしろ、二度と来るな」とデーテに吐き捨てます。おんじは再び自分の殻に閉じこもります。さて、フランクフルトに来たハイジは、あまりにも違う勝手に戸惑い、またアルファベットも読めないままでしたが、クララの祖母に「牧場」の様子を描いた絵本をみせてもらい、懐かしさに涙をこぼします。この絵本が読めることが、ハイジの目標になり、みごとにハイジはクリアーします。山の暮らしを文字によって表現できることに気付いたのですね。そしてアルファベットを学ぶ重要性も。ここに、自然児ハイジは、文明人ハイジになったのです。素晴らしい祖母の教育です。特に賛美歌についても知識を得ます。


 ただ、ハイジはアルム恋しさにホームシックになり、ゼーゼマン家の召し使・セバスチャンの付き添いのもと、アルムに返されます。おんじは、再びハイジを歓迎し、以前と同じように振る舞います。でも、ここで、変わったハイジと問答します。


おんじ:「神さまに見放されたら、それでお終いさ。後戻りはできん。」
ハイジ:「やり直しはできるわ。」


・・・このやりとりに続いて「蕩児の帰宅」という聖話が話題となります。


 そして、アルムおんじは、デルフリ村の教会に出席することを決意します。彼が一人山暮らしをしていたのは、世に絶望したのか、一個の賢者になろうとしていたかは解りませんが、ともかくハイジという敬虔な「太陽の子」に凍えが溶かされたといえるかも知れません。


また、クララがアルムに来る前、どんな場所かと調べにきたクララの主医師とも懇意になり、山の薬草の知識などについての博識ぶりに医師は感嘆します。まあ、アルムおんじは「隠者」とも呼べたかも知れません。


 そして、クララがアルムにやってきた際、付き添いのクララの祖母とアルムおんじは意気投合します。(これはハイジがそれぞれに、一方の人の素晴らしさを話していたということもありますが)そして、おんじは家畜のヤギに滋養分の多い薬草をたくさん食べさせ、搾りたてのヤギのミルクでクララが車椅子から自立できるきっかけの一つを与えるのです。なんと親切になったのか。(いえいえ、もともと彼は心優しい人だったのだと思います。そのような心憎い気遣いのある人だったから、ハイジの言葉も受け入れたのでしょう。)


 今日のひと言:「アルプスの少女ハイジ」は原題「Heidi」です。太陽の子・ハイジには逆らえる者はないでしょう。逆らう気持ちが起きないほど純真なのですから。そういえば、最近の「家庭教師のトライ」のテレビ・CMで、「アルプスの少女ハイジ」の登場人物たちによるユーモラスな展開のお話が放映されています。このCMも、今回のブログを着想したきっかけになっています。


アルプスの少女ハイジ (角川文庫)

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アルプスのハイジ (世界の名作ライブラリー 8)

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