「砂男」(怪奇作家E.T.A.ホフマン著)〜「言葉の恐さ」
E.T.A.ホフマンの怪奇短編小説である「砂男」は、極めて恐いお話です。本編の主人公・ナタナエル少年は、子どものころから「恐ろしい」お話を聞かされて育ちます。「あんまり寝ないでむずかっていると、砂男が眼に砂をこすり付けにくるよ、だから早くお眠りなさい」というような定型文句だったのですが、乳母の女性に「砂男って何?」と訊くと、「あれはおそろしい男でな、子供たちがお寝んねしねえで駄々をこねていると、そこへやってきて目ン玉のなかさ砂を一つかみ投げ込んでくだ。そうして目ン玉が血だらけになってギョロリと飛び出すと、それを袋に入れて、半月の夜に自分の子供らの餌食に運んで行くだよ。・・・」(「砂男 無気味なもの」より)
このお話を聞いたナタナエルは慄然とします。なぜなら、毎夜のように、ナタナエルが寝る時間になると、階段をぎしぎしゆらす来訪者の気配があったのです。それは、ナタナエルの父を訪ねてくる弁護士・コッペリウスだったのですが、ある夜、コッペリウスの来訪中、父が爆死するという惨事があったあとは、コッペリウスも来なくなり、砂男に関する関心も消えていきます。
ただ、ナタナエルはあくまで不運です。場所を変え、こんどは絶世の美女と恋仲になります。コッポラという晴雨計販売商人から大枚のお金を払って買った望遠鏡でその女性を垣間見るのですね。その女性・オリンピアは特に瞳の美しい美少女でしたが、彼女はスパランッァーニ教授という人物が作った精巧な人形だったのです。(それはナタナエルは気付かぬことでしたが。)
このオリンピアをめぐってコッペリウスとスパランッァーニ教授が争い、人形はバラバラになり、目がナタナエルに投げつけられます。ここに、かねてより持っていた砂男の記憶と、愛した女性が人形だったというダブル・ショックでナタナエルは発狂してしまいます。
「フイー――フイー――フイー!――火の輪よ――火の輪――火の輪は回れ、ぐるぐる回れ――楽しいな――面白いぞ!――木のお人形さん、フイ、きれいな可愛いお人形さん、ぐるぐる回れ――」(こういいいながらスパランッァーニ教授の首を絞めますが、騒ぎに訪れた群衆に捕らえられ精神病院に入れられてしまいます。「砂男 無気味なもの」より)
精神病院を退院したナタナエルは、また別の機会にコッペリウスに遭遇し、こんどは高いところから身を投げ、頭がこなごなになって死んでしまいます。「はァ!きれいなおめめ――きれいなおめめ」と金切声をあげながら。(「砂男 無気味なもの」より)ここに、コッペラ(コッペリ)とはラテン語で「眼窩:目の入る頭蓋骨の窪み」という意味で、まさに砂男と大いに関連性がある名称です。(コッペリウスとコッポラは大体同一人物として描かれているようです。)
以上は「砂男 無気味なもの」(種村季弘 訳・河出出版)がソースです。怪談なみに恐いお話です。「無気味なもの」はS.フロイトの評論です。
(登場人物の発言は、ソース本から引用しました。)
ところで、「砂男」のモチーフは、ひろく西欧に広がっているのだと思います。たとえば、バレエ「コッペリア」は、ナタナエルによって生命を与えられたオリンピアのお話で、
Wikipediaより。
パリ・オペラ座で1870年5月25日に初演された。E.T.A.ホフマンの物語『砂男』にヒントを得たもので、台本はサン・レオン自身とシャルル・ニュイッテルによる。『砂男』は人形に恋した男の狂気性を前面に押し出した物語であるが、『コッペリア』はその狂気性を抑え、陽気で明るい喜劇として再構成されている。
まるで、ギリシャ神話に出てくる王、ピグマリオンが、理想的な女性の彫刻に、命を吹き込んでくれるよう神に祈り、その願いが叶ったような「歓喜」のバレエ音楽になっているのです。とても優美な曲です。
さらに、私が大学教養課程にいたころ、子守歌集であるマザー・グース(:Mother Goose)(フランスではマ・メール・ロアと呼ぶ)の楽譜集を読んだことがありますが、そこに砂男の歌も載っていた記憶があります。「砂男」を書いたのはドイツ人のホフマンですから、おそらくドイツ圏にもあるでしょう。今はその本が手元にないので以下を引用します。
http://blogs.yahoo.co.jp/risingforce12001/16287239.html より
眠りを擬人化した名前には、Wee Willie Winkieの他にも
SandmanやDustmanなどがあります。
Sandman(砂男)は、子供の目にすなをまき、子供を眠りに誘う睡魔で、眠くなると子供があたかも目に砂が入ったかのように目をこすることから名付けられました。
”The sandman is coming.”と言えば「ああ眠くなった」という意味。
今日のひと言:眠気を誘ったり、寝かし付ける際の言葉は本来中立なはずなのに、人によっては劇物、毒物になるという例ですね、ナタナエル。「言葉は恐い。」
この物語、もしかしたら上田秋成の怪談より怖いかも。
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20120105
:雨月物語:上田秋成は江戸期の「水木しげる」だ。
今日の詩:アロエ・ベラ
私が「九十九髪:つくもがみ:高齢の女性の意味あり」の女友達にもらった
アロエ・ベラ
私はここ数年これに水やりをしなかったが、褐色になっても枯れずにいた。
でも最近彼女は亡くなったらしく(家族ははっきり教えてくれなかった)、
形見にと
蘇生させて手にしたのが、この2株。
多肉植物のアロエは、水不足でおいそれとは枯れないのです。水をやらなかったのは、鉢植えの場合、水が葉を伝って鉢のそとに流れてしまっていたから、面倒だったので。だから今回は大きな鉢二つに分けました。
(2012.07.18)

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